オストアルゴイ郡

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紋章 地図
(郡の位置)
基本情報
連邦州:バイエルン州
行政管区:シュヴァーベン行政管区
郡庁所在地:マルクトオーバードルフ
緯度経度:北緯47度46分12秒 東経10度38分24秒 / 北緯47.77000度 東経10.64000度 / 47.77000; 10.64000座標: 北緯47度46分12秒 東経10度38分24秒 / 北緯47.77000度 東経10.64000度 / 47.77000; 10.64000
面積:1,394.43 km2
人口:

146,302人(2023年12月31日現在) [1]

人口密度:105 人/km2
ナンバープレート:OAL, FÜS, MOD
自治体コード:

09 7 77

郡の構成:45 市町村
行政庁舎の住所:Schwabenstraße 11
87616 Marktoberdorf
ウェブサイト:www.ostallgaeu.de
郡長:マリア・リータ・ツィンネッカー (Maria Rita Zinnecker)
州内の位置
地図

オストアルゴイ郡ドイツ語: Landkreis Ostallgäu, アレマン語: Landchrais Oschtallgai)は、ドイツ連邦共和国バイエルン州シュヴァーベン行政管区南東部に位置する郡。隣接する郡は、北がウンターアルゴイ郡アウクスブルク郡、東がオーバーバイエルン行政管区ランツベルク・アム・レヒ郡ヴァイルハイム=ショーンガウ郡およびガルミッシュ=パルテンキルヒェン郡、南がオーストリア共和国チロル州、西がオーバーアルゴイ郡である。郡独立市のカウフボイレンは、完全にオストアルゴイ郡に取り囲まれている。

郡域は南部にアルプスとその前山部を包含し、北部はシュヴァーベン=バイエルン高原に連なる。アルプス部分は、アンマーガウアー・アルプスのアンマーガウアー・ホッホプラッテ (2,082m) に至る。アルプス前山部には多くの湖が点在するが、中でもレヒ川の堰止め湖であるフォルゲン湖が最大のものである。レヒ川は郡南部を流れている。ヴェルタハ川が郡西部を南北に流れている。この川はレヒ川左岸の支流であり、アウクスブルクで合流する。

歴史

オストアルゴイ郡の郡域は古くからバイエルンに属していた。1804年にはブーフローエフュッセンカウフボイレンオーバーギュンツブルクに地方裁判所管区が設けられた。カウフボイレンは1809年にクライスに属さない都市となった。それ以外の裁判所管区はいずれも初めはイルラークライスに属した。1817年からはオーバードナウクライス、1838年にはシュヴァーベン・ウント・ノイブルク(後に単にシュヴァーベン)と改名された。

1862年にカウフボイレン裁判区とブーフローエ裁判区はカウフボイレン行政区 (Bezirksamt) に、オーバードルフ裁判区とオーバーギュンツブルク裁判区はオーバードルフ行政区(後にマルクトオーバードルフと改名)に統合された。フュッセン裁判区はそのまま同名の行政区となった。1939年、行政区は「郡」(Landkreis) と改組された。

バイエルン州の郡域再編に伴い、1972年7月1日にカウフボイレン郡、マルクトオーバードルフ郡、フュッセン郡が統合され、新しいマルクトオーバードルフ郡が成立した。この郡は1973年にオストアルゴイ郡(東アルゴイ郡)と改名された。カウフボイレン郡は郡独立市となった。しかし旧カウフボイレン郡の東部は拡大されたランツベルク・アム・レヒ郡に編入され、これによりオーバーバイエルンに移行した。さらに旧マルクトオーバードルフ郡の自治体がヴァイルハイム=ショーンガウ郡に移された。

行政

郡議会

2002年と2008年の選挙結果による政党別議席配分は以下の通り。

2002年 2008年 2014年[2] 2020年[3]
CSU31262624
Freie Wähler Ostallgäu12151111
SPD9674
GRÜNE56711
Bayernpartei2242
FDP1211
Junges Ostallgäu0222
ÖDP0122
AfD---3
60606060

紋章

図柄: 上部は青地で、悠然と歩く、金の冠を被り金の爪や舌で威嚇する銀の獅子。下部は左右に二分割。向かって左は赤字に下向きの銀の剣。向かって右は銀地に赤い修道院長杖。

この紋章は新しい郡の成立を象徴化したものである。すなわち、この紋章のデザインは旧カウフボイレン郡、マルクトオーバードルフ郡、フュッセン郡を象徴する意匠を組み合わせている。

旧カウフボイレン郡を示すのが、かつてのベネディクト会イールゼー修道院を示す銀の獅子で、これは同時にロンスベルク辺境伯をも暗示する。

マルティンの剣は旧マルクトオーバードルフ郡の紋章から採られた。トゥールーズの聖マルティンはマルクトオーバードルフの町と教会の守護聖人である。

旧フュッセン郡に対応するのが修道院長杖である。これはブーフローエやフュッセン付近を治めたアウクスブルク司教所有のベネディクト会聖マング修道院を示す。アウクスブルク司教は赤と銀の地色で象徴されている。

経済と社会資本

交通

1847年には早くもルートヴィヒ南北鉄道のアウクスブルクからカウフボイレンの区間が運行され、さらには1852年にはケンプテンにまで延長された。ミュンヘンからメミンゲンまでのバイエルン国営鉄道東西線1872年から74年にかけて敷設されるとブーフローエは重要な接続ポイントとなった。

南北鉄道のビーセンホーフェンから郡庁所在地のマルクトオーバードルフへの支線が1876年に、フォルトゼッツングからレヒブルックが1899年に開通した。マルクトオーバードルフからフュッセンまでアルプス前山部を走る路線は1889年にミュンヘン・ローカル鉄道会社が運営していた。

郡の最南部を走るバイエルン国営鉄道ケンプテン - ロイテ線は1895年にプフロンテン=リートまでが完成し、1905年に国境を越えてチロルに至った。さらに1913年にはオーバーバイエルンのガルミッシュ=パルテンキルヒェンにまで延長された(アウサーフェルン鉄道)。

フュッセン駅と数kmしか離れていないアウサーフェルン鉄道のウルリヒスブリュッケ=フュッセン駅とを結ぶことが計画されたのだが建設はされていない。

郡内で最後に鉄道が拡張されたのは1922年から23年にかけてのドイツ鉄道によるカウフボイレン - ショーンガウ間の接続であった。この路線は1972年に再び廃止された。マルクトオーバードルフ - レヒブルック間の路線は1963年にはすでに時刻表から消えていた。最大時は153kmあった鉄道網はほぼ1/3が削減され、111kmが残っている。

市町村

引用

外部リンク

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