ショーン・オサリバン (野球)

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生年月日 (1987-09-01) 1987年9月1日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
255 lb =約115.7 kg
ショーン・オサリバン
Sean O'Sullivan
フィラデルフィア・フィリーズ時代
(2015年6月9日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンディエゴ
生年月日 (1987-09-01) 1987年9月1日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
255 lb =約115.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 MLBドラフト3巡目(全体103位)
初出場 MLB/ 2009年6月16日 サンフランシスコ・ジャイアンツ
KBO/ 2017年4月1日 LGツインズ
最終出場 KBO/ 2017年4月14日 起亜タイガース
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ショーン・ダニエル・オサリバンSean Daniel O'Sullivan, 1987年9月1日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入りとエンゼルス時代

2005年MLBドラフト3巡目(全体103位)でロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムから指名され[1]2006年5月29日に契約を結びプロ入りを果たした[2]

2006年は、傘下のパイオニアリーグのルーキー級オレム・オウルズ英語版でプレーした。14試合に先発登板し、4勝0敗・防御率2.14・55奪三振を記録した[3]

2007年は、A級シーダーラピッズ・カーネルズでプレーした。25試合に先発登板し、10勝7敗・防御率2.22・125奪三振を記録した[3]

2008年は、A+級ランチョクカモンガ・クエークスでプレーした。28試合(25試合で先発)登板し、16勝8敗・防御率4.73・111奪三振を記録した[3]

2009年は、AA級アーカンソー・トラベラーズでプレーした。ここでは、3試合に先発登板し、1勝2敗・防御率5.30・14奪三振を記録した[3]。その後、AAA級ソルトレイク・ビーズへ昇格した。ここでは、14試合(13試合で先発)登板し、6勝4敗・防御率5.48・48奪三振を記録した[3]

2009年6月16日サンフランシスコ・ジャイアンツ戦でメジャーデビューを果たした。

2010年は、AAA級ソルトレイクで15試合に先発登板し、5勝5敗、防御率4.76、58奪三振を記録した[3]

ロイヤルズ時代

2010年7月22日アルベルト・カヤスポとのトレードで、ウィル・スミスと共にカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[4]

2011年6月22日にリハビリのため、傘下のAAA級オマハ・ストームチェイサーズへ異動した[5]。7月4日に、傘下AAAオマハへ、降格した[6]。ここでは、14試合に先発登板し、8勝2敗・防御率4.22・55奪三振を記録した[3]。9月21日に、メジャーに再昇格した[7]

2012年は、AAA級オマハでプレーした。ここでは、17試合(5試合で先発)登板し、5勝4敗1セーブ・防御率6.75・26奪三振を記録した[3]

ブルージェイズ傘下時代

2012年6月21日にトレードで、トロント・ブルージェイズへ移籍した[3]6月23日に傘下のAAA級ラスベガス・フィフティワンズへ配属された[8]。14試合に先発登板し、9勝3敗、防御率2.72、44奪三振を記録した[3]

オフの11月2日FAとなった[9]

パドレス時代

2012年12月11日サンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ[10]

2013年は開幕を傘下のAAA級ツーソン・パドレスで迎えた。7月12日にメジャーに昇格した[11]が、7月30日故障者リスト入りした[12]8月1日に故障者リストから復帰した[13]8月19日DFAとなった[14]後、22日に40人枠を外れる形でAAA級ツーソンへ降格した[15]。最終的に、AAA級ツーソンでは、20試合に先発登板し、8勝5敗・防御率3.83・99奪三振を記録した[3]。オフの10月1日にFAとなった[3]

フィリーズ時代

2013年12月18日フィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ[16]

2014年3月30日に傘下のAAA級リーハイバレー・アイアンピッグスへ配属された[3]6月28日にメジャー契約を結びメジャーに昇格したが、29日にDFAとなった[17]7月1日にAAA級リーハイバレーに降格した[18]8月7日にメジャー契約を結んで昇格した[19]が、10日にジェローム・ウィリアムズの加入に伴いDFAとなった[20]8月12日にAAA級リーハイバレーへ降格した[21]9月5日にメジャー契約を結んで昇格した[22]。同年は、AAA級リーハイバレーでは、25試合に先発登板し、6勝10敗・防御率4.30・94奪三振を記録した[3]。オフの10月6日にAAA級リーハイバレーへ降格し[23]、翌7日にFAとなった[24]12月16日にマイナー契約で再契約を結んだ[25]12月22日にAAA級リーハイバレーへ配属され、スプリングトレーニングには招待選手として出場する事が発表された[26]

2015年4月12日にメジャー契約を結んで25人枠入りした[27]4月22日に15日間の故障者リスト入りとなった[27]5月7日にリハビリのため、A級レイクウッド・ブルークロウズへ配属された[28]7月7日にAAA級リーハイバレーへ降格した[29]8月19日に再び故障者リスト入りした[30]後、22日に復帰した[30]10月5日にFAとなった。

レッドソックス時代

2015年12月2日ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結んだ[31]

2016年開幕は傘下のAAA級ポータケット・レッドソックスで迎えたが、5月6日にメジャー契約を結んで25人枠入りした。5月16日にDFAとなり、18日に40人枠を外れる形でAAA級ポータケットへ配属された。7月3日に再びメジャー契約を結んで25人枠入りしたが、10日に左ひざを痛めて故障者リスト入りした。故障者リストから復帰の8月11日に40人枠を外れる形でAAA級ポータケットへ配属された[32]

ネクセン時代

2016年11月25日、韓国プロ野球のネクセン・ヒーローズと契約。だが一軍で1勝もできず2017年5月3日ウェイバー公示され退団した。

ナショナルズ時代

2017年5月23日ワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ。しかし、メジャー昇格はならなかった[33]

独立リーグ時代

2018年は、独立リーグでプレーした[33]

詳細情報





















































W
H
I
P
2009 LAA 12100004200.66722751.260121611291034345.921.47
2010 5100010001.0004913.071420600332.080.85
KC 14130003600.33331970.283142701374250486.111.56
'10計 19140004600.40036883.290153121434253515.491.45
2011 12100002600.25027358.178102612193052477.251.78
2013 SD 730000200.00011825.03101411120012113.961.80
2014 PHI 320000100.0005212.2153200700996.391.34
2015 13130001600.14332871.094162056353049486.081.61
2016 BOS 5400020001.0009821.1303602132017166.751.69
通算:7年 7156000132300.3611464323.23985911510131581322262166.011.58

背番号

  • 55 (2009年)
  • 37 (2010年 - 2011年)
  • 59 (2013年)
  • 61 (2014年、2015年途中 - 同年終了)
  • 47 (2015年 - 同年途中)
  • 62 (2016年)
  • 12 (2017年)

脚注

関連項目

外部リンク

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