ショーン・オントン
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| 名前 | ||||||
| 本名 | ショーン・ポール・オントン | |||||
| ラテン文字 | Shaun Paul Ontong | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1987年3月25日(38歳) | |||||
| 出身地 | キャンベラ | |||||
| 身長 | 175cm | |||||
| 体重 | 71kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF(RB) | |||||
| ユース | ||||||
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| 2001 |
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| 2002 |
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| 2003-2006 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2007-2008 |
| 9 | (0) | |||
| 2008-2010 |
| 4 | (0) | |||
| 2011 |
| 14 | (0) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2006 |
| 13 | (0) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2014-2015 |
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| 2018-2019 |
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| 2019-2020 |
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| 2020-2021 |
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| 2022-2023 |
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| 2025- |
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1. 国内リーグ戦に限る。2020年6月1日現在。 2. 2020年6月1日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ショーン・ポール・オントン(英語: Shaun Paul Ontong、1987年3月25日 - )は、オーストラリアの元サッカー選手、現サッカー指導者。選手時代のポジションはDF。
キャンベラ生まれ。下部組織時代は最終的にFFAセンター・オブ・エクセレンスに所属した[1]。2006年末に1.FCニュルンベルクのトライアルに参加したが[2]、トライアルの最中に鼠蹊部を負傷しオーストラリアへの帰国を余儀なくされた[3]。その後、メルボルン・ヴィクトリーFCの練習に参加してから再び渡欧、FCシオンやNKマリボル、NKベラ・クライナのトライアルに参加したものの、怪我が再発したために再びオーストラリアに戻る事となった。
2007年6月に結局オーストラリアでアデレード・ユナイテッドFCと単年契約を結び、選手となった。2008年4月にニューカッスル・ユナイテッド・ジェッツFCに2年契約で移籍。2010年夏に無所属となり、2011年1月にオークライ・キャノンズFCに加入したが、半年で選手を引退した。
代表歴
U-20代表時代にはアンジェ・ポステコグルー監督の下でAFCユース選手権2006に主将として参加していた[4]。
指導者歴
2013年、同郷のカズ・パタフタとともにキャンベラにオントン・パタフタ・フットボール・アカデミーを設立[5]。
2014年にデンポSCでアーサー・パパス監督のアシスタントコーチに就任した。その後、エエルコ・スハットリー監督のアシスタントコーチとして、2018年にノースイースト・ユナイテッドFC、2019年にケーララ・ブラスターズFCのアシスタントコーチを務めた。
2020年にアンジェ・ポステコグルー監督率いる横浜F・マリノスのアシスタントコーチに就任した。
2025年1月17日、ジョン・ハッチンソンが監督に就任したジュビロ磐田のアシスタントコーチに就任[6]。