シーサケート県
タイの県
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地理
歴史
県内にクメール王朝の遺跡が残ることから、12世紀頃にはすでにクメール人が進出していたと考えられる。現地の伝説によれば当時はシーナコーンラムドゥワンと呼ばれていたという。その後にこの地域の中心が現在のクカン郡に移り、クカンと呼ばれるようになった。時代は下って1759年、チュラーロンコーン王(ラーマ5世)のモントン制により、県庁所在地を現在の場所に移したが、その名前、クカンは維持された。1938年には県庁所在地がシーサケートと呼ばれるようになり県名もシーサケートとなった[1]。
1940年、タイ・フランス領インドシナ紛争(1940年 - 1941年)、東京条約。
2025年12月7日、国境付近でタイ軍とカンボジア軍との間で35分間の武装衝突が発生。翌日以降の紛争(タイとカンボジアの国境紛争)再開の契機となった[2]。
民族
県民の26.2%はクメール語を母語とする民族である。
県章

| 県章はプラーサートヒン・バーンサモーと呼ばれる、1000年前頃に建てられたクメール遺跡がある。
県木・県花はともに Melodorum fruticosum である。この花は6つの花弁を持つが、これはこの県の発足当時の6つの郡(クカン郡、カンタララック郡、ウトゥムポーンピサイ郡、カンタラーロム郡、ラーシーサライ郡、クンハーン郡)を現している。 |
