ジェイソン・ワット
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ジェイソン・ワット(Jason Watt、1970年2月24日 - )は、デンマーク出身のレーシングドライバー。
レーシングカートでキャリアを積み、1992年にフォーミュラ・フォードにデビュー。1993年にイギリス・フォーミュラ・ボクスホールのロータスウィンターシリーズを卒業し、チャンピオンを獲得したほか、翌年のブランズ・ハッチフォーミュラ・フォードフェスティバルとイギリスフォーミュラ・フォードのチャンピオンを獲得した。
1995年、ワットはフォーミュラ・オペルユーロシリーズで優勝し、ドイツ・フォーミュラ3選手権で1戦のみ出場。 1996年、彼はダリオ・フランキッティ、ファン・パブロ・モントーヤ、ヤン・マグヌッセンなど、当時の脂の乗った強力なライバルを追って国際ツーリングカー選手権に参加し、JAS・エンジニアリングのアルファロメオで参戦した。彼はまた、フレッド・ゴダード・レーシングより英国フォーミュラ2に出場することで、フォーミュラカーへの情熱も維持した。
1997年にF1直下のカテゴリーとなる国際F3000選手権に進出し、常にフロントランナーのドライバーの1人であり、功績を認められた。 1997年と1998年はデビッド・シアーズのスーパーノヴァ・レーシングより参戦。毎年1勝ずつ挙げる好成績を残し、 1999年にチームのエースドライバーに昇格。2回優勝してニック・ハイドフェルドに次ぐシリーズランキング2位となった。
ところが、ワットのフォーミュラ・キャリアは、1999年後半のオフシーズン中のオートバイ事故によって閉ざされてしまう。この事故でワットの体は胸から下が麻痺した。ハンディキャップを負ってしまったワットだったが、ツーリングカーレースに参戦する事を決め、特別に改造されたマシンでデンマーク・ツーリングカー選手権に参戦。ハンディキャップを乗り越えて2002年にはシリーズチャンピオンを獲得。ちなみにワット以外にも体に障害を負ったドライバーをサポートするように特別な改造をされたツーリングカーでレースに出場した事例はあり、ワットがITCで対戦したドライバーの1人で、元F1ドライバーのアレッサンドロ・ナニーニはヘリコプター事故での負傷により障害を負った右腕の負担を軽減するよう改造されたアルファロメオ・155で参戦していた。
2008年3月、ワットはセアト車の独自のツーリングカーチームを結成[1]。ビグマ・ジェイソン・ワット・レーシングは、2009年の世界ツーリングカー選手権第9戦のドイツラウンドに出場した。
2012年、ワットはツーリングカーからレジェンドカーレースに移行した[2]。彼はまた、耐久レースを拠点に活動する、ワンデッド・レーシングのチームマネージャーを務めている。同チームのすべてのドライバーは、脊髄損傷または切断のいずれかの障害を抱えながらもレースで活躍している[3]。