ジェレミー・ハーミッダ

アメリカの野球選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ジェレミー・ライアン・ハーミッダJeremy Ryan Hermida, 1984年1月30日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ出身のプロ野球選手外野手)。右投左打。

生年月日 (1984-01-30) 1984年1月30日(42歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
概要 基本情報, 国籍 ...
ジェレミー・ハーミッダ
Jeremy Hermida
サンディエゴ・パドレス時代
(2012年4月8日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ
生年月日 (1984-01-30) 1984年1月30日(42歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
220 lb =約99.8 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2002年 ドラフト1巡目(全体11位)でフロリダ・マーリンズから指名
初出場 MLB / 2005年8月31日
NPB / 2015年3月27日
最終出場 MLB / 2012年4月26日
NPB / 2015年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
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経歴

父親の指導で4歳にして左打ちに変え、13歳から木製バットを使い始めた。また、元メジャーリーガーのテリー・ハーパーから個人指導を受けるなど幼いころから英才教育を施される。高校時代はエリック・チャベス以来の高校球界最高の打者としてスカウトから注目された。

プロ入りとマイナー時代とマーリンズ時代

2002年MLBドラフトフロリダ・マーリンズから1巡目指名(全体11位)され、プロ入り。

マイナーでの最初の3年間は、わずか16本塁打だった。

2005年のAA級カロライナ・マドキャッツ昇格後は、18本塁打を放った。また、23盗塁を記録するなどスピードも見せつけた。選球眼もよく、リーグトップの111四球・出塁率.457を記録した。7月にはマイナーリーグ全体のオールスターに出場。AA級のオールスターではMVPにも輝いた。

8月31日にメジャーに初昇格。同日のセントルイス・カージナルス戦の7回無死満塁で代打出場し、初打席初本塁打を放った。メジャーデビュー戦初打席満塁本塁打は、1898年のビル・ダグルビー以来107年ぶり史上2人目の珍事だった。

2006年は、6月に打率.345、1本塁打を記録したが、故障も重なり99試合の出場に終わる。

フロリダ・マーリンズ時代
(2007年6月5日)

2007年は、前半戦は打率.231、8本塁打を喫するも、後半戦は打率.340、10本塁打、OPS.956を残し9月から3番に定着。ドントレル・ウィリスはその様子について「3番で気持ちよさそうにプレーしている。入団時の評価が高かったから、周囲は彼に厳しかった。今の彼は再び力を証明しようと決意を秘めているように見える。今後は年間を通して試合に出れば30本塁打は打つんじゃないかな」と語った。

2008年は、7月に7本塁打を放ったものの、5月以降は打率.280を越える月はなく低調な成績に終わった。

2009年も前半戦は打率.255、10本塁打、OPS.744に終わり、8月には打率.312、2本塁打、OPS.855を残すものの、故障により9月以降は8試合の出場に終わる。

レッドソックス時代

2009年11月5日、ハンター・ジョーンズホセ・アルバレスとのトレードでボストン・レッドソックスへ移籍した。

2010年は前半戦打率.217、5本塁打、OPS.652に終わり、8月31日に解雇される。

アスレチックス時代

2010年9月3日にオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだ。9月7日にメジャーに昇格した。

レッズ時代

2011年1月4日にシンシナティ・レッズとマイナー契約を結びスプリングトレーニングに招待選手として参加した。4月18日にメジャーに昇格した。

パドレス時代

2011年8月31日にウェイバー公示を経てサンディエゴ・パドレスに移籍。12月12日にFAとなったが、12月19日にパドレスと再契約した。

2012年8月29日に放出された。

インディアンス傘下時代

2013年2月5日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ。11月5日にFAとなった。

ブルワーズ傘下時代

2014年1月25日にミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約を結んだ[1]。オフにFAとなった。12月9日には、北海道日本ハムファイターズが獲得を目指していると報じられた[2]

日本ハム時代(2015年3月17日)

日本ハム時代

2014年12月12日に北海道日本ハムファイターズと契約合意した事が発表された[3]

2015年は50試合の出場にとどまり、打率.211、1本塁打、18打点の成績に終わった。11月2日に自由契約公示された[4]

選手としての特徴

打球を広角に打ち分けるラインドライブヒッターで、446フィート(約135メートル)の本塁打も記録した長打力と選球眼も持ち味とする[5][6]。好不調の波が激しい他[7][8]、メジャー通算で右投手に対しては打率.264と得意とするが、左投手の変化球に弱く[9]、左投手に対しては打率.234と苦手とする[10]

詳細情報

年度別打撃成績

さらに見る 年 度, 球 団 ...
















































O
P
S
2005 FLA 23474191220426112000610121.293.383.6341.017
2006 99348307377719151132841213335706.251.332.368.700
2007 1234844295412732118215633413472410510.296.369.501.870
2008 1425595027412522317204616111485713812.249.323.406.729
2009 129491429481111421316847520256441016.259.348.392.740
2010 BOS 521711581432805552710011200450.203.257.348.605
OAK 2168645164012320000400135.250.294.359.653
'10計 7323922219481206782910011600585.216.268.351.619
2011 CIN 1018182200156000000070.111.111.278.389
SD 204840392111660000701190.225.354.400.754
'11計 3066585112122190000701260.190.288.362.650
2012 1327242611092100031070.250.333.375.708
2015 日本ハム 501921661235811481811002402601.211.318.289.607
MLB:8年 6322261201224851710496583425022848216162151740.257.334.415.749
NPB:1年 501921661235811481811002402601.211.318.289.607
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  • 2018年度シーズン終了時

記録

NPB

初記録

NPB

初記録


背番号

  • 27 (2005年 - 2009年)
  • 32 (2010年 - 同年途中)
  • 45 (2010年途中 - 同年終了)
  • 26 (2011年 - 同年途中)
  • 47 (2011年途中 - 2012年)
  • 7 (2015年)

脚注

関連項目

外部リンク

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