ジェームス・小田
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ジェームス・シンペイ・オダ(英語: James Shimpei Oda 、1914年7月14日 - 2009年?)は、日系アメリカ人の人物。
アメリカ合衆国カリフォルニア州生まれ。1921年から1932年まで日本で過ごし、旧制姫路高等学校に進学、中退した[1]。第二次世界大戦中、アメリカ陸軍情報部日本語学校の教官を務め、戦後は1946年から1948年まで日本に滞在して連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に勤務した[1]。その後アメリカに戻り[1]、養鶏業に約40年従事した[2]。
日本共産党の野坂参三は日本政府によって養成され国際共産主義運動の中へ配置されたスパイであるとの説を1970年代から唱えていた[2][3]。これに対して日本共産党側は、小田は袴田里見と共謀し、野坂にスパイという濡れ衣を着せて陥れる陰謀を進めてきたのだと反論していた[3][4]。なお野坂はその後の1992年、ソビエト連邦のスパイであったことが実際に発覚して日本共産党から除名処分を受けている[5][6]。
→詳細は「野坂参三#最晩年の除名」および「野坂参三#多重スパイ疑惑」を参照