ジェーン・ラブチェンコ
From Wikipedia, the free encyclopedia
ジェーン・ラブチェンコ | |
|---|---|
|
| |
| 生誕 |
1947年12月4日(78歳) |
| 国籍 |
|
| 出身校 |
コロラド・カレッジ(理学士) ワシントン大学(理学修士) ハーバード大学(博士) |
| 職業 | 海洋生態学者・環境科学者・大学教員 |
| 配偶者 | ブルース・メンジ(Bruce Menge) |
| 子供 | 息子2人 |
ジェーン・ラブチェンコ(Jane Lubchenco、1947年12月4日 - )は、アメリカの環境科学者・海洋生態学者。オレゴン州立大学の海洋生物学のウェイン・アンド・グラディス・バレー記念特別教授(Wayne and Gladys Valley Professor of Marine Biology)および同大学特別功労教授(University Distinguished Professor)を務める。専門は海洋生態学、気候変動、生物多様性、および環境と人間の福祉の相互作用。
オバマ政権時代に「サイエンス・チーム」の一員となり、2009年から2013年にかけてアメリカ海洋大気庁(NOAA)長官および商務次官(海洋・大気担当)を務めた。歴代の同職において、初の女性かつ初の海洋生態学者である。2021年から2025年にかけては、バイデン政権のホワイトハウス科学技術政策局(OSTP)において気候・環境担当副局長を務めた。
世界で最も多く引用される生態学者の一人とされており、複数の論文が「サイエンス・サイテーション・クラシック」として認定されている[1]。
幼少期・教育
ラブチェンコは1947年12月4日、コロラド州デンバーで生まれた。父マイケル・ラブチェンコは外科医、母ラメタ・ダール・ラブチェンコは小児科医であり、6姉妹の長女として育った[2]。
コロラド・カレッジで生物学の学士号(1969年)、ワシントン大学で動物学の修士号(1971年)を取得した後、ハーバード大学で生態学の博士号を取得した(1975年)[3]。ワシントン大学の大学院在籍中に、同じく海洋生物学者のブルース・メンジ(Bruce Menge)と出会い、1971年に結婚した[4]。
学術キャリア
博士号取得後、1975年から1977年までハーバード大学で助教授を務め、その後、夫とともに1977年にオレゴン州立大学の教員職に就いた。同大学動物学部の常勤テニュアトラック助教授(当初は0.5 FTEの時短勤務)として着任し、幼い子どもたちとの時間を確保するため、約10年間にわたって時短勤務を継続した[5]。1988年に正教授、1993年に特別功労教授(Distinguished Professor)、1995年にはウェイン・アンド・グラディス・バレー記念海洋生物学特別教授に昇格した。
また、1978年から1984年までスミソニアン協会の研究員を兼任し、パナマや中国、ニュージーランドなど世界各地の大学でも客員教授として研究活動を行った。
NOAA長官(2009–2013年)
2008年12月、オバマ次期大統領から「ドリーム・サイエンス・チーム」の一員として商務次官(海洋・大気担当)およびアメリカ海洋大気庁(NOAA)長官に指名された。2009年3月19日に上院で承認され、翌20日に就任した。オレゴン州選出のロン・ワイデン上院議員は承認公聴会の場で彼女を「科学界の超人女性(the bionic woman of good science)」と紹介した[6]。
NOAA長官在任中の主な業績
- NOAA史上初の「科学的誠実性方針」(Scientific Integrity Policy)を策定した。同方針は「プラチナ・スタンダード」と称され、科学の歪曲・操作・抑圧を禁じるとともに、科学者がメディアに自由に発言する権利を保障した[7]。
- 米国初の「国家海洋政策」(National Ocean Policy)の策定を主導した。2010年6月の大統領令により設立され、「健全な海洋は重要である」というメッセージのもと、海洋・沿岸・五大湖の管理責任を宣言した[8]。
- 2010年4月に発生したディープウォーター・ホライズン石油流出事故において、13の連邦機関との調整を主導し、油流出軌跡の予測・海産食品の安全確保・生態系への被害評価・自然資源の回復に取り組んだ[9]。
- 米国水域における漁業の持続可能性回復を推進し、すべての漁業について管理計画の策定を実施した。
- 次世代気象衛星の開発・整備プログラムを再編した。
2013年2月27日に辞任し、同年スタンフォード大学の「ハース公共サービス特別招聘教員」(Haas Distinguished Visitor in Public Service)を務めた後、オレゴン州立大学に復帰した[10]。
海洋科学外交官・白宮政策担当(2014年以降)
2014年12月、ジョン・ケリー国務長官から米国初の「海洋担当科学外交官」(Science Envoy for the Ocean)に任命された(無給職)。2016年まで南アフリカ、セーシェル、モーリシャス、インドネシア、中国を訪問し、海洋科学と持続可能な解決策を統合する外交活動を展開した。
2021年2月、バイデン大統領からホワイトハウス科学技術政策局(OSTP)の気候・環境担当副局長に任命され、2025年1月まで務めた。この役職では、自然・気候変動・先住民の知識・海洋・極地・環境に関する科学的政策を主導した[11]。
学術的業績
海洋生態学・沿岸生態系研究
ラブチェンコは岩礁海岸の生態系、海洋生物の多様性、植物と草食動物の相互作用、捕食者と被食者の関係を中心とした研究で知られる。夫のブルース・メンジとともにオレゴン沿岸の岩礁海岸と近海の生態系を詳細に記録し、オレゴン州とカリフォルニア州の沿岸生態の違いを解明した。この研究は海洋汚染・酸性化・低酸素帯(デッドゾーン)を測定するための基準データとなっている[12]。
また、「禁漁区」(no-take marine protected areas、海洋保護区)に関する科学的研究を主導した。 1997年のAAAS年次総会では「2020年までに世界の海洋の20%を海洋保護区に」(20% by 2020)というフレーズを提唱し、海洋保護の緊急性を広く訴えた。
科学コミュニケーションへの貢献
ラブチェンコは科学者による社会貢献と科学コミュニケーションの強化を牽引してきた。以下の組織を共同設立した。
- アルド・レオポルド・リーダーシップ・プログラム
- (現:Earth Leadership Program、1998年設立):中堅の学術的環境科学者を対象に、市民・メディア・政策立案者・産業界との効果的なコミュニケーション能力を育成する[13]。
- COMPASS
- (Communication Partnership for Science and Sea、1999年設立):科学の影響力を高め、科学者を戦略的なコミュニケーターとして育成する組織。
- クライメート・セントラル
- (Climate Central、2007年設立):気候変動の科学・影響・解決策を一般市民に向けて伝える非営利・非主唱団体[14]。
さらに、沿岸海洋生態系の学際的研究・モニタリング・普及活動プログラム「PISCO」(Partnership for Interdisciplinary Studies of Coastal Oceans)の共同設立者であり、「国家海洋保護連合」(National Ocean Protection Coalition)の共同設立者でもある。
国際学術活動
以下の学術機関の会長・理事長を歴任した。
- アメリカ生態学会(Ecological Society of America)会長(1992–1993年)
- アメリカ科学振興協会(AAAS)会長(1997–1998年)
- 国際科学会議(ICSU)会長(2002–2005年)
また、国家科学委員会(National Science Board)の委員を2期(1996–2006年)務めた[15]。
主な著作・論文
- Entering the Century of the Environment: A New Social Contract for Science — Lubchenco, J. (1998). Science, 279(5350), 491–497. doi:10.1126/science.279.5350.491
- Community Development and Persistence in a Low Rocky Intertidal Zone — Lubchenco, J. & Menge, B. A. (1978). Ecological Monographs, 48(1), 67–94.
- Plant Species Diversity in a Marine Intertidal Community: Importance of Herbivore Food Preference and Algal Competitive Abilities — Lubchenco, J. (1978). American Naturalist, 112(983), 23–39.
- A Sustainable Biosphere Initiative: An Urgent Agenda for Ecology — Lubchenco, J., et al. (1991). Ecology, 72(2), 371–412.
- The Right Climate for Carbon Tax: Creating Economic Incentives to Protect the Atmosphere — Lubchenco, J. (2017).(論文・寄稿)
受賞・栄誉
- マッカーサー・フェローシップ(マッカーサー財団、1993–1998年)
- ピュー保全・環境奨学生(Pew Scholar in Conservation and the Environment、1992–1995年)
- AAAS会員(American Association for the Advancement of Science、1990年)
- ハインツ環境賞(Heinz Award for the Environment、2002年)[16]
- ニーレンバーグ賞(公共的利益のための科学、Scripps Institution of Oceanography、2003年)
- AAAS公衆科学技術理解賞(2005年、同賞を受賞した初の女性)[17]
- ザーイド国際環境賞(Zayed International Prize for the Environment、2008年)
- ブルー・プラネット賞(旭硝子財団、2011年)
- ピーター・ベンチリー海洋賞(政策部門、2010年)
- バネバー・ブッシュ賞(Vannevar Bush Award、国家科学委員会、2018年)[18]
- 国立科学アカデミー公共福祉メダル(NAS Public Welfare Medal)
- メアリー・シアーズ・メダル(The Oceanography Society初代受賞者、2020年)
- 国際科学アカデミー(TWAS)メダル
- スティーブン・H・シュナイダー気候科学コミュニケーション賞(Climate One)
- 名誉博士号 20以上(コロラド・カレッジ、プリンストン大学ほか)
所属学術機関・会員資格:国立科学アカデミー(NAS)、アメリカ哲学会(APS)、王立協会(Royal Society)会員[19]。
思想・考え方
ラブチェンコの中心的な思想は、科学者は新しい知識を生み出すだけでなく、その知識を社会と広く共有する義務を負うという「科学者の社会契約」(Social Contract for Science)の概念である。1997年のAAAS会長講演(1998年に論文として発表)において、この概念を体系的に提唱した。科学者は公的資金の対価として、社会の緊急ニーズに応じた研究を行い、その成果を科学者コミュニティのみならず市民・政策立案者・産業界へも広く伝えるべきである、と主張した[20]。
また、「使用促進型科学」(use-inspired science)の概念を重視し、純粋な知的好奇心に基づく基礎研究と、社会問題の解決に直接貢献する応用研究の両立を訴えてきた。生態学研究が雇用対環境という二項対立的な枠組みで語られることに強く反対し、長期的な持続可能性こそが経済的繁栄の基盤であるという見解を一貫して主張している[21]。
さらに、学術界における文化変革の必要性を説き、科学者の社会参画・コミュニケーション・解決策の創出を評価・報酬するインセンティブ体系の構築を訴えてきた[22]。