ジミー・ヴォーン
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| ジミー・ヴォーン | |
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ジミー・ヴォーン(2014年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | ジェイムス・ローレンス・ヴォーン |
| 生誕 | 1951年3月20日(74歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | ブルース |
| 職業 | ギタリスト、歌手 |
| 担当楽器 | ギター、ボーカル |
| レーベル |
エピック・レコード Shout! Factory |
| 共同作業者 |
ファビュラス・サンダーバーズ スティーヴィー・レイ・ヴォーン オマー・ケント・ダイクス |
| 公式サイト | www.jimmievaughan.com |
| 著名使用楽器 | |
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フェンダー・ストラトキャスター・シグネイチャー・モデル グレッチG400JVシグネイチャー・モデル | |
ジミー・ヴォーン(James Lawrence "Jimmie" Vaughan、1951年3月20日[1] - )は、アメリカ合衆国の白人ブルース・ギタリスト、歌手。1974年にファビュラス・サンダーバーズを結成して、1994年よりソロ活動を始める。弟は、やはりブルース・ギタリスト/歌手として活動したスティーヴィー・レイ・ヴォーン。
テキサス州ダラス出身。地元ダラスでギタリストとして活動した後、19歳の時にオースティンに移る[1]。
1974年、オースティンでボーカリストのキム・ウィルソンと出会い、ウィルソンらと共にファビュラス・サンダーバーズを結成。同バンドはクリサリス・レコードとの契約を得て、1979年にデビュー・アルバムを発表した。エピック・レコード移籍第1弾のアルバム『Tuff Enuff』(1986年)は、全米13位に達するほどの成功を収め[2]、同作からのシングル「Tuff Enuff」は全米10位に達した[2]。また、ファビュラス・サンダーバーズでの活動と並行して、ジミーは実弟スティーヴィー・レイ・ヴォーンをはじめ、カルロス・サンタナやニック・ロウの作品にも参加した。1989年には、ジム・マクブライドの監督によるジェリー・リー・ルイスの伝記映画『グレート・ボールズ・オブ・ファイヤー』に、俳優として出演した[3]。
1990年、ジミーはファビュラス・サンダーバーズを脱退して、スティーヴィーとの共演アルバムを制作。しかし、スティーヴィーはアルバム発表前の1990年8月27日に、乗っていたヘリコプターが墜落したため死去してしまう。スティーヴィーの没後、ヴォーン・ブラザーズ名義でリリースされたアルバム『ファミリー・スタイル』は全米7位に達し[4]、グラミー賞ではアルバムが最優秀コンテンポラリー・ブルース・アルバム部門を、収録曲「D/FW」が最優秀ロック・インストゥルメンタル・パフォーマンス部門を受賞した[4]。
スティーヴィーの死後、ジミーはスティーヴィーの未発表音源をまとめたアルバム『ザ・スカイ・イズ・クライング』(1991年)を監修・発表。そして、1994年にソロ・デビューを果たす。1995年5月11日には、ジミーはオースティンでスティーヴィーの追悼コンサートを開催しており、B.B.キング、エリック・クラプトン、バディ・ガイ、ドクター・ジョン、ボニー・レイット等がゲスト参加した[5]。
1998年、ジミーが架空のバンド「ルイジアナ・ゲーター・ボーイズ」の一員として出演した映画『ブルース・ブラザース2000』が公開された。
2001年、3作目のソロ・アルバム『ドゥ・ユー・ゲット・ザ・ブルーズ?』発表。同アルバムはグラミー賞の最優秀トラディショナル・ブルース部門を受賞し、個人名義では初のグラミー受賞を果たした[6]。