ジム・ハウザー
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ジム・ハウザー(左)、長谷部康平(右) | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | イリノイ州スプリングバレー |
| 生年月日 | 1984年3月30日(42歳) |
| 身長 体重 |
6' 5" =約195.6 cm 200 lb =約90.7 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2003年 MLBドラフト27巡目 |
| 初出場 | NPB / 2012年4月4日 |
| 最終出場 | NPB / 2013年10月30日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジェームス・アダム・ハウザー(James Adam Heuser, 1984年3月30日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州スプリングバレー出身の元プロ野球選手(投手)。
アメリカ球界時代
2003年のMLBドラフトで、オークランド・アスレチックスから27巡目(全体812位)で指名されて入団。
マイナーリーグではAA級に昇格したのが最高でメジャー経験はなく、2009年7月10日にアスレチックスを自由契約となった[1]。退団後はアメリカ独立リーグであるアトランティックリーグのランカスター・バーンストーマーズでプレーした。
2010年は、アトランティックリーグのヨーク・レボリューションとランカスター・バーンストーマーズでプレーした。
2011年は、球団には所属せず、ジョージア州立大学で太陽エネルギーや水力発電などの自然エネルギーを学んでいた[2]。
楽天時代
2012年、東北楽天ゴールデンイーグルスの春季キャンプに参加し、同球団の入団テストを受けた。2月29日に育成選手として契約したことが発表された[3]。
リリーフ左腕投手が片山博視しかいないというチーム事情もあり[4]、オープン戦で高評価を得たことから[5]、3月29日付けで支配下登録された[6]。ルイス・ガルシアが夫人の出産で帰国したのを受け、4月3日に早速一軍登録され、翌4月4日の対ソフトバンク戦で8回から救援で一軍初登板を果たし、1回を無失点に抑え、初ホールドを挙げた。この年は58試合に登板し、被打率は1割台、22ホールドの好成績を挙げた。
2013年は先発に配置転換され、日本シリーズでも先発登板したが、シーズンを通しては2勝2敗、防御率6.03と安定感を欠き、シーズン終了後に球団から翌年の契約を結ばないことが発表された。
楽天退団後
2014年は、左肩痛、右腕骨折と故障が続いたため、所属球団がないまま母国アメリカでリハビリとトレーニングを続けていた[7][8]。その後11月に行われた楽天の秋季キャンプに元同僚のケニー・レイと共に参加した。
楽天復帰
プレースタイル・人物
詳細情報
年度別投手成績
| 年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2012 | 楽天 | 58 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 22 | .333 | 192 | 48.1 | 33 | 3 | 15 | 0 | 4 | 29 | 2 | 1 | 17 | 17 | 3.17 | 0.99 |
| 2013 | 22 | 5 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 0 | 3 | .500 | 172 | 37.1 | 42 | 4 | 19 | 0 | 3 | 32 | 1 | 2 | 29 | 25 | 6.03 | 1.63 | |
| 通算:2年 | 80 | 5 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 1 | 25 | .429 | 364 | 85.2 | 75 | 7 | 34 | 0 | 7 | 61 | 3 | 3 | 46 | 42 | 4.41 | 1.27 | |
- 2013年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
記録
- NPB
- 初登板・初ホールド:2012年4月4日、対福岡ソフトバンクホークス2回戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)、8回表に5番手で救援登板、1回無失点
- 初奪三振:2012年4月8日、対オリックス・バファローズ3回戦(京セラドーム大阪)、8回裏に後藤光尊から空振り三振
- 初セーブ:2012年5月1日、対埼玉西武ライオンズ2回戦(西武ドーム)、9回裏1死に4番手で救援登板・完了、2/3回無失点
- 初勝利:2012年5月16日、対広島東洋カープ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回裏1死に3番手で救援登板、1回2/3を無失点
- 初先発:2013年8月27日、対オリックス・バファローズ16回戦(京セラドーム大阪)、5回2失点(自責点1)で敗戦投手
背番号
- 123 (2012年シーズン開幕前)
- 53 (2012年 - 2013年)
- 97 (2015年)