ジャック・クーリー

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所属リーグ Bリーグ
生年月日 (1991-04-12) 1991年4月12日(34歳)
ジャック・クーリー
Jack Cooley
ノートルダム大学で、2012年
琉球ゴールデンキングス  No.45
ポジション パワーフォワード / センター
所属リーグ Bリーグ
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1991-04-12) 1991年4月12日(34歳)
出身地 イリノイ州エバンストン
身長 6 ft 9 in (2.06 m)
体重 247 lb (112 kg)
キャリア情報
高校 グレンブルックサウス高校
(イリノイ州グレンビュー)
大学 ノートルダム大学 (2009-2013)
NBAドラフト 2013年 / ドラフト外
プロ選手期間 2013–現在
経歴
2013-2014トルコの旗トラブゾンスポル
2014-2015アイダホ・スタンピード
2015ユタ・ジャズ
2015アイダホ・スタンピード
2015-2016スペインの旗CBマラガ
2016-2017ドイツの旗リーゼン・ルートヴィヒスブルク
2017–2018サクラメント・キングス
2017-2018リノ・ビッグホーンズ
2018-2019イタリアの旗ディナモ・サッサリ
2019-現在日本の旗琉球ゴールデンキングス
受賞歴
選手情報 ウィキデータを編集 B.LEAGUE.jp
Stats Basketball-Reference.com
Stats ウィキデータを編集 NBA.com

ジャック・ライアン・クーリー (Jack Ryan Cooley、1991年4月12日 - ) は、Bリーグ琉球ゴールデンキングスでプレーするアメリカ合衆国出身のプロバスケットボール選手。彼はノートルダム大学でプレーした。

クーリーはグレンブルックサウス高校で3年間スターターを務め、2年次には1試合あたり平均20.7ポイントと11.2リバウンドを記録した。3年次では1試合あたり平均20.5ポイント、13.5リバウンド、4.5ブロックを記録したが、シーズン後半は親指の負傷により欠場となった[1]ESPNのリクルートデータベースによると、クーリーは2009年のクラスでパワーフォワードの33位にランクされた[2]。2009年2月5日、クーリーはノートルダム大学に進学した[3]

大学での経歴

1年次

ノートルダム大学の1年次、クーリーは20試合に出場し1試合あたり平均1.0ポイントと1.8リバウンドを記録した[1]

2年次

2年次のシーズン、クーリーはベンチから34試合すべてに出場した。彼は1試合あたり平均3.7ポイントと3.1リバウンドを記録した[1]

3年次

3年次、クーリーは33試合に出場しそのうち31回がスターターであった。彼は1試合あたり平均12.5ポイントと8.9リバウンドを記録し、得点とリバウンドの両方でチームのトップであった。彼はまた、チーム最高の52ブロックを記録した。シーズン終了後、彼はビッグイーストの最優秀選手賞を受賞し、オールビッグイーストのセカンドチームに選抜された[1]

4年次

4年次のシーズン前に、クーリーはネイスミス賞のシーズン序盤のウォッチリストのトップ50に選ばれた[4]。また、プレシーズンのオールビッグイーストのファーストチームセレクションにも選抜された[5]。クーリーは1試合当たり平均10.1リバウンド、最高数は13.1を記録、大学での経歴でいずれも自身最高を記録して4年次のシーズンを終えた[6]。さらに、クーリーはオールビッグイーストのファーストチームに選抜された[7]

プロとしての経歴

FIFAヨーロッパカップ2018-2019シーズンファイナルでのクーリー

2013年のNBAドラフトでドラフト外となった後、クーリーはオーランドサマーリーグヒューストン・ロケッツとラスベガスサマーリーグのメンフィス・グリズリーズに参加した。2013年8月16日、彼は2013-14シーズンにトルコトラブゾンスポルと契約した[8]

2014年7月、クーリーはオーランドサマーリーグのメンフィス・グリズリーズとラスベガスサマーリーグのクリーブランド・キャバリアーズに加入した。 2014年8月19日、彼はユタ・ジャズと契約した[9]。しかしその後、2014年10月22日にジャズから解雇された[10]。2014年11月3日、彼はアフィリエイトプレーヤーとしてアイダホ・スタンピードに加入した[11]。2014年11月14日のシーズン開幕戦、エリー・ベイホークス戦で彼は親指を負傷し、11月18日にインジュアリーリスト入りした[12]。彼は怪我から回復した後、2015年1月9日に活動を再開した。

2015年2月24日、クーリーはユタ・ジャズと10日間の契約を結んだ[13]。3月6日に10日間の契約が終了した後、彼はジャズに留まらず[14]、その後スタンピードに戻りその夜の試合に出場した[15]。彼は3月13日のロサンゼルス・ディーフェンダーズ戦で29のリバウンドを記録し、NBAデベロップメント・リーグの1試合当たりの記録を更新した[16]。その後、彼はジャズから再び呼び出され、3月16日にチームと新たな10日間の契約に署名し[17]、その後3月26日にジャズと複数年契約を結んだ[18]。 10月13日、彼はジャズから解雇された[19]

2015年10月17日、クーリーはクリーブランド・キャバリアーズと契約した[20]。しかし、プレシーズンの2試合に出場した後、10月23日に解雇された[21]。11月16日、彼はアイダホ・スタンピードと再び契約した[22]。彼はアイダホで6試合に出場し、11月28日が最後のゲームとなった。12月4日、彼はアイダホから契約のバイアウトを受け、シーズン残りをリーガACBおよびユーロリーグに所属するスペインのクラブ、ウニカハと契約した[23]

2016年8月5日、クーリーはドイツのクラブ、リーゼン・ルートヴィヒスブルクと2016-17シーズンの契約を結んだ[24]

2017年7月29日、クーリーはNBAのサクラメント・キングスツーウェイ契約を結んだ。契約に従って2017-18シーズン、彼はキングスとその傘下のGリーグ参加チームであるリノ・ビッグホーンズでプレーした[25]

2018年7月27日、クーリーはLBAのイタリアのクラブ、ディナモ・サッサリと1年間の契約を結んだ[26]

2019年7月、クーリーは琉球ゴールデンキングスと契約した[27]。2020年3月15日の新潟アルビレックスBB戦では31得点と21リバウンドを記録した。彼は1試合あたり18.4得点を記録しリーグで9位となった。またリーグ最高の1試合あたり13.3リバウンドを記録した[28]

個人成績

参照

外部リンク

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