ジャック・コスタンゾ
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作曲家、指揮者、ドラマーでもあるコスタンゾは、ボンゴ奏者としてもっともよく知られており、「ミスター・ボンゴ」の愛称で呼ばれた。1940年代に3度、ハバナを訪れて、ボンゴとコンガでアフロ・キューバンのリズムを覚えた。
コスタンゾはダンサーとしてキャリアをスタートし、第二次世界大戦前には妻とチームを組んでツアーに出ていた。海軍除隊後、ビバリーヒルズ・ホテルでダンスのインストラクターをしていたところ、ラテン・バンドのリーダーであったボビー・ラモスが、コスタンゾのジャム・セッションでのボンゴ演奏を聴いて、彼に仕事を依頼した。1940年代を通じて、コスタンゾは、ルクオナ・キューバン・ボーイズの復活版や、デジ・アーナズ、レネ・トゥーゼなど、いくつかのラテン・バンドと仕事をした。
コスタンゾは、1947年から1948年までスタン・ケントンのツアーに参加し、1950年代には時々、ナット・キング・コールと演奏した。また、ビリー・メイ・オーケストラ、ペギー・リー、ダニー・ケイ、ペレス・プラード、チャーリー・バーネット、ピート・ルゴロ、ベティ・グレイブル、ハリー・ジェイムス、ジュディ・ガーランド、パティ・ペイジ、ジェーン・パウエル、レイ・アンソニー、マーティン&ルイス、フランセス・フェイ、ダイナ・ショア、ザビア・クガート、フランク・シナトラ、トニー・カーティス、エディ・フィッシャーなどと一緒に演奏している。
コスタンゾは、1950年代に自分のバンドを結成し、レコーディングや国際的なツアーを行った。マーロン・ブランド、リタ・モレノ、キャロリン・ジョーンズ、ヒュー・オブライエン、キーナン・ウィン、ヴァン・ジョンソン、トニー・カーティス、ベティ・グレイブル、ヴィック・ダモーン、ジェームズ・ディーン、ゲイリー・クーパーなど、多くのハリウッド・スターが彼にボンゴを学んだ。
コスタンゾは1998年まで引退状態にあったが、カムバックを決意し、2001年にユビキティ・レコード (Ubiquity Records)傘下のレーベルで『バック・フロム・ハヴァナ』を録音した。このアルバムには、ブラック・ノートのギルバート・カステラノス、スティーヴ・ファイアロービング、パナマ人歌手のマリールなどが参加している。2002年には、同じメンバーで『Scorching The Skins』という別のアルバムをリリースし、今度はビッグ・マウンテンのキノも加わった。コスタンゾはカリフォルニアと海外でツアーと演奏を続けていた。
コスタンゾは、2018年8月18日、カリフォルニア州レイクサイドの自宅にて、腹部大動脈瘤破裂の合併症により98歳で死去した[2][3]。
