ジャック・コスタンゾ

From Wikipedia, the free encyclopedia

出生名 James Costanzo
生誕 (1919-09-24) 1919年9月24日
死没 (2018-08-18) 2018年8月18日(98歳没)
ジャック・コスタンゾ
Jack Costanzo
ジャック・コスタンゾ(2003年)
基本情報
出生名 James Costanzo
生誕 (1919-09-24) 1919年9月24日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 イリノイ州シカゴ
死没 (2018-08-18) 2018年8月18日(98歳没)
ジャンル アフロ・キューバン
職業 ミュージシャン、ダンサー、バンドリーダー、作曲家
担当楽器 ボンゴコンガ
活動期間 1947年 - 2018年
ジャック・コスタンゾ(1947年-1948年)

ジャック・コスタンゾ[1]Jack Costanzo1919年9月24日 - 2018年8月18日)は、アメリカパーカッション奏者。

作曲家指揮者ドラマーでもあるコスタンゾは、ボンゴ奏者としてもっともよく知られており、「ミスター・ボンゴ」の愛称で呼ばれた。1940年代に3度、ハバナを訪れて、ボンゴとコンガでアフロ・キューバンのリズムを覚えた。

コスタンゾはダンサーとしてキャリアをスタートし、第二次世界大戦前には妻とチームを組んでツアーに出ていた。海軍除隊後、ビバリーヒルズ・ホテルでダンスのインストラクターをしていたところ、ラテン・バンドのリーダーであったボビー・ラモスが、コスタンゾのジャム・セッションでのボンゴ演奏を聴いて、彼に仕事を依頼した。1940年代を通じて、コスタンゾは、ルクオナ・キューバン・ボーイズの復活版や、デジ・アーナズ、レネ・トゥーゼなど、いくつかのラテン・バンドと仕事をした。

コスタンゾは、1947年から1948年までスタン・ケントンのツアーに参加し、1950年代には時々、ナット・キング・コールと演奏した。また、ビリー・メイ・オーケストラ、ペギー・リーダニー・ケイペレス・プラード、チャーリー・バーネット、ピート・ルゴロベティ・グレイブルハリー・ジェイムスジュディ・ガーランドパティ・ペイジジェーン・パウエル、レイ・アンソニー、マーティン&ルイス、フランセス・フェイ、ダイナ・ショアザビア・クガートフランク・シナトラトニー・カーティスエディ・フィッシャーなどと一緒に演奏している。

コスタンゾは、1950年代に自分のバンドを結成し、レコーディングや国際的なツアーを行った。マーロン・ブランドリタ・モレノキャロリン・ジョーンズヒュー・オブライエンキーナン・ウィンヴァン・ジョンソン、トニー・カーティス、ベティ・グレイブル、ヴィック・ダモーンジェームズ・ディーンゲイリー・クーパーなど、多くのハリウッド・スターが彼にボンゴを学んだ。

コスタンゾは1998年まで引退状態にあったが、カムバックを決意し、2001年にユビキティ・レコード (Ubiquity Records)傘下のレーベルで『バック・フロム・ハヴァナ』を録音した。このアルバムには、ブラック・ノートのギルバート・カステラノス、スティーヴ・ファイアロービング、パナマ人歌手のマリールなどが参加している。2002年には、同じメンバーで『Scorching The Skins』という別のアルバムをリリースし、今度はビッグ・マウンテンのキノも加わった。コスタンゾはカリフォルニアと海外でツアーと演奏を続けていた。

コスタンゾは、2018年8月18日、カリフォルニア州レイクサイドの自宅にて、腹部大動脈瘤破裂の合併症により98歳で死去した[2][3]

ディスコグラフィー

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI