ジュライ (バンド)
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| ジュライ July | |
|---|---|
| 出身地 |
|
| ジャンル | サイケデリック・ロック、サイケデリック・ポップ |
| 活動期間 | 1968年 - 1969年、2009年 - |
| レーベル | メジャー・マイナー、アリオラ、エピック |
| メンバー |
トム・ニューマン ピーター・クック クリス・ジャクソン アラン・ジェームス |
| 旧メンバー |
トニー・デューイ ジョン・フィールド |
ジュライ[注釈 1](July)は、ロンドン・イーリング出身のサイケデリック・ロック・バンドで、1968年から1969年にかけてプロとして活動し、2009年に再結成された[1]。
彼等の音楽はサイケデリック・ロックとサイケデリック・ポップのブレンドとなっており、豊かなハーモニー、アコースティックギター、キーボード、複雑なリードギターによる作品が特徴となっている[1][2]。彼等のレコードはイギリスやアメリカでチャート入りすることができなかったが、彼等の名は今日、多くのコンピレーション・アルバムに収録されている「マイ・クラウン」「Dandelion Seeds」「The Way」といった曲によって最もよく記憶されている[1][3][4]。
バンドの起源に関していくつかの論争がある。百科事典の著者であるコリン・ラーキン、オールミュージックのウェブサイト、およびその他の多くの情報源によると、バンドの起源は1950年代後半のスキッフル・グループである「Playboys」にまでさかのぼることができる。このスキッフル・グループは後にR&Bバンドへと移行し、名前を「The Thoughts」に変更。それは最終的に「The Tomcats」になる前のこととされている[1][3][5][6]。しかし、2009年のポッドキャスト・インタビューで、バンド・メンバー自身がこの歴史に異議を唱え、それは「誤解」であるとした[7]。
メンバーによると、彼らは初め1960年代初頭に「The Dreamers」を結成して、シャドウズやエヴァリー・ブラザースなどの影響を受けた音楽を演奏し始めた[7]。当時フレディ&ザ・ドリーマーズが全国的に成功していたため、彼らはすぐに名前を「The Tomcats」に変更し、チャック・ベリーやボ・ディドリーなどの影響を受けて、よりハードなR&Bを演奏するようになっていった[7]。オリジナルの「The Tomcats」には、ギタリストで歌手のトム・ニューマン、ベーシストのアラン・ジェームス、リード・ギタリストのピーター・クック、ドラマーのクリス・ジャクソンが在籍していたが、これを前身とするバンドは1965年に解散した[7]。アラン・ジェームスは新しいバンド名に「The Tomcats」を提案したのはニューマンの父親だと述べている[7]。
一方1965年には、ロンドンを拠点とする別のR&Bグループ「Second Thoughts」が結成された[8][9][10]。同グループにはコンガ奏者、フルート奏者、キーボーディストのジョン・フィールド、ギタリストのトニー・デューイ、リードシンガーのパトリック・キャンベル=ライオンズ[注釈 2]、ドラマーのジョン・"スピーディ"・キーン[注釈 3]が在籍していた[7][8]。「The Tomcats」同様、「Second Thoughts」も1965年に解散し[8]、元「The Tomcats」のニューマン、ジェームス、ジャクソンと元「Second Thoughts」のフィールドとデューイが集結して新しい「The Tomcats」を結成した。ニューマンはボーカル、デューイはギター、フィールドはフルート/キーボード、ジェームスはベース、ジャクソンはドラムを担当した[1][8]。彼らはその後スペインに活動の場を移し、1966年に「Los Tomcats」としてマドリード、バルセロナ、カナリア諸島におけるギグで演奏し、一連のEPでスペインのチャート入りを果たす[1][3][7]などの成功を収めた。
ロンドンに戻った後、ニューマンと彼の友人で「The Tomcats」のオリジナル・メンバーだったピーター・クック[8]は、R&Bの影響が少なく、本質的にサイケデリックなグループのために新しいマテリアルを書き始めた。彼等は1968年にバンド名をジュライへと変更し[1]、その直後にメジャー・マイナー・レコード(Major Minor)[11]とレコーディング契約を結んだ[2]。今やスペンサー・デイヴィスによってマネージメントされるようになったジュライは、1968年に最初のシングル「マイ・クラウン」(裏面「Dandelion Seeds」)をリリースした[12]が、全英シングルチャートには到達しなかった[2][3]。彼等は同年にセルフタイトルのデビュー・アルバム[13][14][注釈 4]も発表したが、同アルバムもチャート入りできなかった[3]。ニューマンは1975年のインタビューにて、あるレビュアーの「これは今まで聴いた中で最悪のアルバムであり、完全にプラスチックの浪費だった」という解説を覚えていると述べた[15]。アルバム未収録曲「Hello, Who's There?」と「The Way」を組み合わせたセカンド・シングル[16]も商業的には失敗に終わった[3]。
ジュライは1969年に解散し[1]、デューイはユニット4+2というバンドで演奏した後、フィールドとボーカリストのグリン・ハヴァードと合流してジェイド・ウォリアーを結成した[8]。ニューマンは多くのソロ・アルバムをリリースし[17][18]、マイク・オールドフィールド[注釈 5]を含むアーティストの幾つかのアルバムをプロデュースした[1][18]。
2009年、ニューマン、クック、ジャクソン、ジェームスはジュライを再結成した[7][19]。
ジュライのデビュー・アルバムは発売以来、イギリスのサイケデリアのコレクター間ではレアな作品として非常に人気があった[3][20]。バンドの終焉以来、同アルバムは様々なレコード・レーベルから何度も再発されてきた[3][6]。コンピレーション・アルバムが2作編集され、『Dandelion Seeds』[21](1987年)にはデビュー・アルバムの全曲とシングル「Hello, Who's There?」の両面収録曲、『The Second of July』[22](1995年)には未発表の別バージョンとアウトテイクが収録された[1][3]。ジュライの楽曲は『The British Psychedelic Trip, Vol. 2』[23](1986年)、『It's Only a Passing Phase』『Electric Psychedelic Sitar Headswirlers, Vol. 1』[24](1998年)、『The Great British Psychedelic Trip Vol 3: 1965–1970』[25](1993年)、『Acid Drops, Spacedust & Flying Saucers: Psychedelic Confectionery』[26](2001年)、『Insane Times: 25 British Psychedelic Artefacts from the EMI Vaults』など、さまざまなアーティストをまとめたコンピレーション・アルバムにも収録されている[3][4][27]。
メンバー
- トム・ニューマン (Tom Newman) – リード・ボーカル、ギター
- クリス・ジャクソン (Chris Jackson) – ドラム、オルガン
- アラン・ジェームス (Alan James) – ベース
- ピーター・クック (Peter Cook) – ボーカル、ギター
- 旧メンバー
- トニー・デューイ (Tony Duhig) – リード・ギター、オルガン
- ジョン・フィールド (Jon Field) – ボーカル、フルート、オルガン