ジョアキム・ノア

フランスのバスケットボール選手 (1985 - ) From Wikipedia, the free encyclopedia

ジョアキム・サイモン・ノアJoakim Simon Noah, 1985年2月25日 - )は、フランスの元プロバスケットボール選手。アメリカ合衆国ニューヨーク州マンハッタン出身。ポジションはセンター

役職 チームアンバサダー
所属リーグ NBA
生年月日 (1985-02-25) 1985年2月25日(41歳)
概要 シカゴ・ブルズ, 役職 ...
ジョアキム・ノア
Joakim Noah
シカゴ・ブルズでのノア
(2011年)
シカゴ・ブルズ
役職 チームアンバサダー
所属リーグ NBA
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
 スウェーデン
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1985-02-25) 1985年2月25日(41歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州の旗 ニューヨーク州マンハッタン
身長(現役時) 211cm (6 ft 11 in)
体重(現役時) 104kg (229 lb)
キャリア情報
高校 国連国際学校
ポリー・プレップ
ザ・ローレンスビルスクール
大学 フロリダ大学
NBAドラフト 2007年 / 1巡目 / 全体9位
プロ選手期間 2007年–2020年
ポジション C
背番号歴 13, 55
経歴
20072016シカゴ・ブルズ
20162018ニューヨーク・ニックス
2017ウェストチェスター・ニックス
2018–2019メンフィス・グリズリーズ
2020ロサンゼルス・クリッパーズ
受賞歴
NBA通算成績
得点 5881 (8.8 ppg)
リバウンド 6058 (9.0 rpg)
ブロック 874 (1.3 bpg)
Stats ウィキデータを編集 NBA.com
Stats ウィキデータを編集 Basketball-Reference.com
代表歴
キャップ フランスの旗 フランス
獲得メダル
フランスの旗 フランス
ユーロバスケット
銀メダル - 2位2011 リトアニア
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経歴

生い立ち

父方の祖父はカメルーン出身でフランスで活躍したサッカー選手、父は全仏オープンテニス制覇経験を持つフランステニス選手のヤニック・ノア、そして母はミス・スウェーデンというユニークな家系の持ち主[1]。自身はニューヨーク生まれで、その後両親は離婚し、パリニューヨークで育った。2007年の夏にはフランスの市民権を獲得し、のちにフランス代表を選択。バスケットボールのキャリアはニューヨーク時代にストリートボールに親しんだことから始まる。

学生時代

ローレンスビル高校を卒業後、フロリダ大学に進学。1年目は目立った活躍はできなかったが、2年目には先発に定着し主力選手として活躍、14.2得点、7.1リバウンド、2.4ブロックの成績を残し、サウスイースタン・カンファレンスのファーストチームに選ばれた。また2006年NCAAトーナメントでは16.2得点、9.5リバウンドの成績でチームを牽引し、同校のトーナメント制覇に貢献。自身はトーナメント合計29ブロックなどのNCAA記録を作り、ファイナル4(ベスト4)の最優秀選手に選ばれた。シーズン終了後のノアの動向はNBAからも注目を集めたが、NBAドラフトにはエントリーせず3年生に進学。ノアを始めとする主力選手の殆どが残ったフロリダ大はNCAAトーナメントを連覇した[2]

NBA時代

シカゴ・ブルズ

2007年のNBAドラフトにエントリーしたノアはシカゴ・ブルズから1巡目9位指名を受けた。フロリダ大学からはノアのほかアル・ホーフォードコーリー・ブリューワーら3人が1巡目指名を受け、2007年のドラフトには5人のフロリダ大学出身の選手が指名を受けた。

即戦力として期待されていたが、ルーキーイヤーとなった2007-08シーズンはヘッドコーチのスコット・スカイルズとの対立や、チームメイトらの投票により出場停止処分を受けるなど、チーム内に不和をもたらしてしまい、シーズン前半はベンチを暖める日々が続いた。しかしシーズン中盤に先発センターのベン・ウォーレスがチームを去ったため、ノアは先発に昇格、6.6得点、5.6リバウンドの成績を残して最初のシーズンを終えた。

2009-10シーズン中、ケガで苦しむ場面があった(出場は64試合に留まる)。復帰後はプレーオフ出場に向け、負けられない戦いが続いていた。そこで、なるべく長く出場してほしいGMジョン・パクソンと、ケガ明けなので無理をせず出場時間を制限したいHCヴィニー・デル・ネグロが起用法を巡って衝突。シーズン後に、解雇される理由の一つになったとされている。成績は、10.7得点、11.0リバウンド、2.1アシスト。

2010-11シーズンでは、序盤に、一時リバウンドで上位を争い、課題の得点も平均2桁を記録するなど活躍が見られ、オールスターに出場も夢ではないレベルであった(途中で負傷欠場するも、ファン投票ではセンター部門で3位)。だが、FAで移籍してきたカルロス・ブーザーが復帰して間もない12月のトロント・ラプターズ戦で右手親指を負傷、ごまかしながらプレーを続けるも、今後のことを考え手術を決断。12月半ばに手術は成功し、2カ月間欠場した。オールスター明けのラプターズ戦で復帰した。

大型契約の最終年となった2015-16シーズンは、フレッド・ホイバーグHCの構想から外れ、シックスマンに降格。挙げ句の果てに2016年1月15日のダラス・マーベリックス戦で左肩を脱臼する重傷を負い、シーズン絶望になるなど、散々なシーズンになってしまった[3]

ニューヨーク・ニックス

2016年7月1日、ニューヨーク・ニックスと4年総額7000万ドルで契約[4]。9年間所属したシカゴ・ブルズを離れ、地元ニューヨークでのプレーに加え、先にニックスに移籍していたデリック・ローズと引き続き共にプレーすることになった。しかし、加入1年目の2016-17シーズンは負傷に悩まされ、2017年2月27日に右膝の関節鏡視下手術を受け長期離脱が決定的となった。3月25日、CBAに取り決めのある禁止薬物に相当する市販薬サプリメント)の陽性反応が確認されリーグから20日間の出場停止処分が下された。停止期間は、リハビリ終了後から開始される[5][6]

メンフィス・グリズリーズ

2018年12月4日にメンフィス・グリズリーズと契約。

現役引退へ

2021年3月に現役引退を表明。同年9月にブルズは、ノアと「1日契約」を結び、10月28日のニューヨーク・ニックス戦で、引退セレモニーを開催すると発表[7]。更に同日にはブルズのアンバサダーに就任したことが発表された[8]

個人成績

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略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー数  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ  *  リーグリーダー    優勝シーズン
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レギュラーシーズン

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
2007–08 CHI 743120.7.482.000.6915.61.1.9.91.26.6
2008–09 805524.2.556.000.6767.61.3.61.41.06.7
2009–10 645430.1.504---.74411.02.1.51.61.810.7
2010–11 484832.8.525.000.73910.42.21.01.51.911.7
2011–12 646430.4.508.000.7489.82.5.61.41.410.2
2012–13 666436.8.481.000.75111.14.01.22.12.711.9
2013–14 808035.3.475.000.73711.35.41.21.52.412.6
2014–15 676730.6.445.000.6039.64.7.71.11.87.2
2015–16 29221.9.383.000.4898.83.8.61.01.84.3
2016–17 NYK 464622.1.490.000.4368.82.2.7.81.35.0
2017–18 705.7.500---.5002.0.6.3.3.61.7
2018–19 MEM 42116.5.516.000.7165.72.1.5.71.27.1
通算:12年 66751227.9.491.000.7009.12.8.81.31.78.8
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プレーオフ

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シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
2009 CHI 7738.7.510---.76013.12.3.92.11.110.1
2010 5537.6.528---.94713.02.61.81.43.014.8
2011 161633.1.411---.72510.22.51.02.11.28.7
2012 3333.0.731---.6369.33.0.71.3.315.0
2013 121234.1.437---.6419.62.3.82.22.010.8
2014 5542.0.512---.58812.84.61.01.43.810.4
2015 121232.9.408---.35011.03.2.81.21.75.8
出場:7回 606035.0.465---.67611.02.81.01.81.89.7
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脚注

外部リンク

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