ジョエル・ペラルタ

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生年月日 (1976-03-23) 1976年3月23日(49歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
195 lb =約88.5 kg
ジョエル・ペラルタ
Joel Peralta
タンパベイ・レイズでの現役時代
(2012年5月11日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 モンセニョール・ノウエル州ボナオ英語版
生年月日 (1976-03-23) 1976年3月23日(49歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1996年 アマチュア・フリーエージェント
初出場 2005年5月25日
最終出場 2016年7月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョエル・ペラルタ・グティエレスJoel Peralta Gutiérrez, 1976年3月23日 - )は、ドミニカ共和国モンセニョール・ノウエル州ボナオ英語版出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入りとアスレチックス傘下時代

1996年7月4日にオークランド・アスレチックスと契約。契約後はドミニカ共和国でプレーしていたが、1998年6月4日に自由契約となった。

エンゼルス時代

1999年2月25日にアナハイム・エンゼルスとマイナー契約を結んだ。

2000年に渡米し、この年はパイオニアリーグのルーキー級ビュート・カッパーキングスとA-級ボイシ・ホークスでプレー。A-級ボイシでは4試合に登板し、防御率6.48だった。

2001年はA級シーダーラピッズ・カーネルズとAA級アーカンソー・トラベラーズでプレー。A級シーダーラピッズでは41試合に登板し、0勝0敗23セーブ・防御率2.13だった。

2002年もA級シーダーラピッズとAA級アーカンソーでプレー。A級シーダーラピッズでは41試合に登板し、5勝0敗21セーブ・防御率0.95だった。

2003年はAA級アーカンソーとAAA級ソルトレイク・スティンガーズでプレー。AA級アーカンソーでは47試合に登板し、5勝4敗20セーブ・防御率2.24だった。

2004年はAAA級ソルトレイクで39試合に登板し、4勝2敗1セーブ・防御率4.98だった。

2005年はAAA級ソルトレイクで開幕を迎えた。5月23日にフランシスコ・ロドリゲス故障者リスト入りしたため、メジャー契約を結び[1]、25日のシカゴ・ホワイトソックス戦でメジャーデビュー。3点ビハインドの7回表2死から登板し、2.1回を無安打無失点4奪三振に抑えた[2]。その後は中継ぎとして定着していたが、8月31日にAAA級ソルトレイクへ降格した。この年は28試合に登板し、1勝0敗、防御率3.89だった。

ロイヤルズ時代

2005年10月7日にウェーバーカンザスシティ・ロイヤルズへ移籍した[3]

2006年2月26日にロイヤルズと1年契約に合意。4月1日にAAA級オマハ・ロイヤルズへ配属され、そのまま開幕を迎えたが、4月17日にメジャーへ昇格。昇格後はリリーフとして奮闘していたが、7月に入ると救援失敗が目立つようになった。7月22日にAAA級オマハへ降格したが、31日に再昇格。この年は64試合に登板し、1勝3敗1セーブ・防御率4.40だった。

2007年2月21日にロイヤルズと1年契約に合意[4]。この年は62試合に登板し、1勝3敗1セーブ・防御率3.80だった。

2008年2月20日にロイヤルズと1年契約に合意[5]。3月29日にAAA級オマハへ配属され[6]、そのまま開幕を迎えた。4月17日にメジャーへ昇格。昇格後は18試合に登板したが、防御率5.64と不調が続き、6月8日にAAA級オマハへ降格。6月23日に再昇格したが、6試合中5試合で失点するなど、結果を残せないまま、7月21日にAAA級へ降格した。翌日の7月21日にジミー・ゴッブルが故障者リスト入りしたため、再昇格した。この年は40試合に登板し、1勝2敗、防御率5.98だった。

2009年1月20日にロイヤルズと1年契約に合意した[7]が、4月1日に自由契約になった。

ロッキーズ時代

2009年4月8日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結んだ。5月18日にロッキーズとメジャー契約を結び[8]、昇格後は22試合に登板したが、防御率5.85と落ち込み、7月21日にAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスへ降格した[9]。登録枠が拡大された9月1日に再昇格。この年は27試合に登板し、0勝3敗・防御率6.20だった。オフの10月28日にFAとなった。

ナショナルズ時代

ワシントン・ナショナルズ時代
(2010年8月1日)

2009年12月15日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ[10]

2010年はAAA級シラキュース・チーフスで開幕を迎え、28試合に登板。2勝0敗20セーブ・防御率1.08の好成績を残し、6月21日にナショナルズとメジャー契約を結んだ[11]。昇格後は39試合に登板し、1勝0敗・防御率2.02だった。オフの12月2日にノンテンダーFAとなった[12]

レイズ時代

2010年12月17日にタンパベイ・レイズと90万ドルの1年契約を結んだ[13][14]

2011年は71試合に登板し、3勝4敗6セーブ・防御率2.93だった。オフの12月20日にレイズと217万5000ドルの1年契約に合意した[15][16]

2012年もセットアッパーとして活躍していたが、6月9日のナショナルズ戦で、グラブに松やにが付着しているとの指摘を受け、1球も投げないまま退場を宣告された。その後、MLB機構から8試合出場停止の処分を受けた[17]。この年は76試合に登板し、2勝6敗2セーブ・防御率3.63だった。オフの10月29日にFAとなったが、11月20日にレイズと総額600万ドルの2年契約[18](2015年から2017年・各年250万ドルの球団オプション付き)を結んだ[19][20]

2013年はリーグトップで自己最多の80試合に登板し、3勝8敗1セーブ・防御率3.41だった。

2014年は69試合に登板し、3勝4敗1セーブ・防御率4.41だった。オフの11月3日にレイズが250万ドルの球団オプションを行使した[21]

ドジャース時代

2014年11月20日にホセ・ドミンゲスグレッグ・ハリスとのトレードアダム・リベラトーレと共にロサンゼルス・ドジャースへ移籍した[22]

2015年11月7日に球団が契約オプションを破棄し自由契約となった[23]。オフはドミニカ共和国のウィンターリーグでプレー。

マリナーズ時代

2016年2月9日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加した[24]。4月3日にメジャー契約を結び、開幕ロースター入りした[25]。6月2日にDFAとなり[26]、4日に自由契約となった[25]

カブス時代

2016年6月10日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結び[27]、27日にメジャー契約を結んで25人枠入りした。7月6日にDFAとなり、8日に40人枠を外れる形で傘下のAAA級アイオワ・カブスへ配属された[25]。9月16日に現役引退が発表された[28]

投球スタイル

球種は、平均球速89.5mph(約144km/h)のフォーシームと、カーブスプリッター。以前はチェンジアップスライダーをメインの変化球として投げていたが、2009年からはほぼ前述の3球種しか投げていない。また非常に稀だが、ツーシームカットボールも投げる事がある[29]

ゴロアウトよりもフライアウトの方が多い典型的なフライボールピッチャーであり、被弾が多いのが最大の弱点である[29]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2005 LAA 28000010001.00014534.22861420302015153.891.21
2006 KC 64000013117.25030473.274101722575037364.401.24
2007 6200001317.25036687.29391952662039373.801.28
2008 4000001201.33322452.256151402381037355.981.33
2009 COL 2700000306.00011324.22731223220017176.201.58
2010 WSH 39000010091.00018949.0305941490012112.020.80
2011 TB 71000034619.42925667.24471830613023222.930.92
2012 76000026237.25026467.04991721845028273.630.99
2013 80000038141.27329171.14773410741031273.411.14
2014 69000034118.42926563.16091511742031314.411.18
2015 LAD 3300003133.75012129.0286810241014144.341.24
2016 SEA 260000100111.00010023.1247700280014145.401.33
CHC 500000100.000194.062101500549.001.75
'16計 31000011011.50011927.1309801330019185.931.39
MLB:12年 6200000203515169.3642657648.05669518523136122203032904.031.16
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はMLB記録

年度別守備成績



投手(P)












2005 LAA 2816001.000
2006 KC 6464021.000
2007 6247011.000
2008 4032001.000
2009 COL 271410.833
2010 WSH 3914001.000
2011 TB 7172011.000
2012 7662011.000
2013 8034001.000
2014 6925001.000
2015 LAD 3310001.000
2016 SEA 2612001.000
CHC 50000----
'16計 3112001.000
MLB 620364215.987
  • 各年度の太字はリーグ最高

背番号

  • 58 (2005年)
  • 57 (2006年 - 2008年)
  • 52 (2009年 - 2010年途中)
  • 62 (2010年途中 - 2016年)

脚注

関連項目

外部リンク

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