ジョン・クラーク (物理学者)
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John Clarke ジョン・クラーク | |
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ジョン・クラーク(2025) | |
| 生誕 |
1942年2月10日(84歳) |
| 研究分野 | 物性物理学 |
| 研究機関 |
カリフォルニア大学バークレー校 ローレンス・バークレー国立研究所 |
| 出身校 |
クライスツ・カレッジ ダーウィン・カレッジ |
| 博士課程指導教員 | ブライアン・ピパード |
| 博士課程指導学生 | ジョン・M・マーティニス |
| 主な業績 | 超伝導量子干渉計 |
| 影響を受けた人物 |
ブライアン・ジョゼフソン アンソニー・レゲット |
| 主な受賞歴 |
王立協会フェロー(1986年 コムストック物理学賞(1999年) ヒューズ・メダル(2004年) 墨子量子賞(2021年) ノーベル物理学賞 (2025) |
| プロジェクト:人物伝 | |
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ジョン・クラーク(John Clarke、1942年2月10日 - )は、イギリス出身の物性物理学者。超伝導量子干渉計(SQUID)の開発とその応用に業績ある[1]。応用研究として、超伝導磁束量子ビット、核磁気共鳴画像法(MRI)、アクシオンの探索などがある[2][1]。
大学卒業まで
1942年、ケンブリッジで労働者階級の家庭に生まれる[3][注釈 1]。父親はもともと大工であったが、第二次世界大戦の頃は土木建築技術者として飛行場の建設に携わっていた[3]。
1953年、奨学金を得てパース・スクールに入学する[2]。短距離走とハードル走を専門として陸上部で活動し、キャプテンを務めた[3]。また、ケンブリッジ大学で廃棄されたコンピュータから取り外したEF50(真空管)を譲り受けて、アナログコンピュータを自作したり[3][注釈 2]、このアナログコンピュータをデバッグするためにオシロスコープを自作した[3]。
クライスツ・カレッジに入学した。最初の1年間は数学、その後2年間は物理学を学んだ[3]。クラークは、学部生のころ余暇でギリシャの島々へ旅行によく行った[3]。1962年の夏には、約6週間かけて単独でヨーロッパの自転車旅行を実行した[3][注釈 3]。
博士課程
1965年、ダーウィン・カレッジの博士課程に入学した[4]。指導教員はブライアン・ピパードであった[3]。ピパードは、「計測機器の開発に興味が持てないならば、やめたほうがいい」と伝えたが、クラークは「高校生のときにいろいろな機器を自作していたので、自分にぴったりだと思った」と後のインタビューに応えている[3]。
ピパードのもとには、2歳年上のブライアン・ジョセフソンも所属していた[3]。1964年11月ごろ、ブライアン・ジョセフソンがジョセフソン効果とその応用について学会発表を行い、クラークはそれを興味深く聴講した[3]。ジョセフソン効果の応用として、超伝導量子干渉計(SQUID)はすでに考えられていた[5]。しかしピパードは、クラークの研究テーマとして、ジョセフソン効果を応用したSLUG(Superconducting Low indUctance Galvanometer、超伝導低インダクタンス検出器)の開発を提案した[5]。
クラークはニオブの線材の上に錫鉛ハンダを少しずつ溶かしてメッキし、液体ヘリウムで冷却してみるとジョセフソン接合になることを確かめた[6]。ニオブ線材とハンダメッキの間に電流を流すと電圧が発生し、この電圧が電流に比例することを確かめた[7][注釈 4]。クラークらが開発したSLUGは、2 × 10-15 [V]という極めて小さな電圧を検出することができた。1968年、博士課程を半年延長し、SLUGについて論文にまとめ博士号を取得した[7]。
アメリカ移住
博士号取得後にアメリカへ移住した。ポスドクとしてカリフォルニア大学バークレー校に所属し[1]、1969年に物理学科の助教となった[1]。また同年にローレンス・バークレー国立研究所の研究員として任命された[8]。これによりアメリカ合衆国エネルギー省より研究費が継続的に助成された[3]。
1971年にサバティカルでケンブリッジ大学に戻った後、同年にカリフォルニア大学バークレー校の助教授に、1973年に物理学教授に就任した[1]。
研究業績
超伝導量子干渉計(SQUID)と応用
博士課程では、SLUG(Superconducting Low indUctance Galvanometer、超伝導低インダクタンス検出器)の開発を行った。1969年にカリフォルニア大学バークレー校で助教として着任して以降は、直流SQUIDの研究開発に注力した。
1980年代にクラークのグループは、イットリウム系超伝導体を使って液体窒素による冷却で77Kで動作する高温SQUIDを開発した[9]。
医療機器への応用
超伝導コイルの医療機器として核磁気共鳴画像法(MRI)がある。MRIは通常1テスラ - 3テスラ程度の強磁場が発生するが、クラークらはミリテスラのオーダー、すなわち10-3 - 10-4テスラの低磁場MRIの開発をすすめた[3]。
地磁気地電流法への応用
地磁気地電流法とは、地表で観測する電場と磁場から、地球内部の立体的な電気伝導構造を推定する方法である。地殻の構造や、石油、天然ガス、金属鉱床などの地下資源の探査などに使われている。クラークは、自身の開発したSQUIDを使用した磁場検出器を用いて、10-4Hz - 1Hz程度の低周波数の磁場変動を検出を可能にした。これにより、深さ数10km - 数100kmの構造探査の精度が向上した[10]。
アクシオンの探索

アクシオンとは、強いCP問題を解決しうる仮説としての未発見な粒子であり、暗黒物質の有力候補の一つである。アクシオン検出方法として、強磁場内の共振空洞内でアクシオンが光子に変換される微弱な電磁信号を検出する方法がADMX(Axion Dark Matter Experiment)である。
2010年、シアトルのワシントン大学にADMXが設置された。熱放射によるノイズの影響を抑えるため検出器は0.1ケルビンまで冷却されるが、標準的な半導体トランジスタによる増幅器の出力に含まれるノイズの除去は困難であった[11]。そこでクラークは、SQUIDによる磁気検出器をADMXに組み込み、600MHz帯のS/N比を30倍にすることに成功した[11]。
巨視的量子現象の実証
1980年代、クラークの研究室の博士課程の学生だったジョン・M・マーティニス、ポスドク研究員であったミシェル・デヴォレと共に、ジョセフソン接合を対象とした実験を行った。アンソニー・レゲットの巨視的なトンネル効果の理論を実験で確かめることであった[3]。
クラークらは、 後にノーベル物理学賞の対象となる「巨視的量子現象」を、ジョセフソン接合(電気回路)で観測に成功した[12]。量子現象としてエネルギーが連続的ではなくとびとびの値しか取れない「量子化」や、本来越えられないはずのエネルギーの壁を確率的に通り抜ける「トンネル効果」といった現象を観測する必要がある。クラークらは、外部から加える電流や磁場を制御することで、クーパー対(大量の電子のペアで、その振る舞いは古典的物理現象として説明できる)がエネルギー障壁をトンネル効果によって通過し、異なる量子状態へ遷移する過程を観測した。その際に生じる電圧変化は、エネルギー準位の離散性を反映しており、量子化された状態が巨視的(原子より大きなもの)な電気回路上で実現していることを示していた[13]。すなわち、量子力学が示す現象をチップ上のマクロな電気回路上で制御できる可能性を示した[14]。
1/fノイズ
1/fノイズ(ピンクノイズ)とは、周波数に反比例して出力が減衰する雑音である。クラークと教え子のリチャード・ボス(Richard F. Voss)は、スペクトラムアナライザーをラジオにつなげて、流れてくる人の声や音楽に1/fスペクトルが現れることを統計的に示した[3][15][注釈 5]。この発見をもとにクラークとボスは、作成したピンクノイズから音楽を作曲するデモンストレーションを行った[16]。
栄誉

ジョン・クラークは、長年にわたり超伝導量子干渉計(SQUID)の開発に貢献を果たした。この貢献に対して、2004年に王立協会からヒューズ・メダルを受賞した[17]。IEEEから2002年に、IEEE 超伝導評議会賞を受賞した[18]。
- IEEE TV - SQUID 50周年を記念して行われた式典でジョン・クラークが行ったプレゼンテーションの動画
2025年、ジョン・M・マーティニス、ミシェル・デヴォレと共にノーベル物理学賞を受賞した[12]。超伝導回路を用いた量子コンピュータについて、実現可能性の知見を初めて示した彼らの1980年代の研究が、あらためて評価された[13][14]。