ジョン・サクソン

From Wikipedia, the free encyclopedia

本名 Carmine Orrico
生年月日 (1936-08-05) 1936年8月5日
没年月日 (2020-07-25) 2020年7月25日(83歳没)
ジョン・サクソン
John Saxon
John Saxon
本名 Carmine Orrico
生年月日 (1936-08-05) 1936年8月5日
没年月日 (2020-07-25) 2020年7月25日(83歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市ブルックリン区
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 テネシー州
職業 男優
活動期間 1958年 - 2020年
活動内容 テレビドラマ歌手
主な作品
シノーラ
燃えよドラゴン
暗闇にベルが鳴る
出逢い
宇宙の7人
エルム街の悪夢』シリーズ
ビバリーヒルズ・コップ3
フロム・ダスク・ティル・ドーン
テンプレートを表示

ジョン・サクソン: John Saxon、本名: Carmine Orrico、1936年8月5日 - 2020年7月25日)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ブルックリン区出身の映画俳優。監督作もある。片仮名表記は双葉十三郎著の『ぼくの採点表』等ではジョン・サクスンと記載されている。身長175センチ。

俳優としての特徴

1955年、20歳のときから俳優業を始め、ドラマーとしてのミュージシャン活動の傍ら映画やテレビ・シリーズで活躍している。いつしか俳優業が本職となり、数多くの作品に出演し、ブレーク・エドワーズオットー・プレミンジャージョン・ヒューストンシドニー・ポラックリチャード・ブルックス等の巨匠監督の作品にも起用された。また、『燃えよドラゴン』(1973年)や『エルム街の悪夢』(1984年)や後述のイタリア映画『ビッグ・マグナム77』(1976年)、『地獄の謝肉祭』(1980年)、『片腕サイボーグ』(1985年)等のカルト作品と呼ばれる映画への出演が少なくない。なお、イタリア映画の他にはカナダ映画、南アフリカ共和国、フィリピン、インド等との合作映画にも出演しており、国際的に活動している。

1985年には『地獄のデスプリズン』(未/ビデオ)では監督業に進出して主演もこなし、彼と同様にイタリア系米国人のアンソニー・フランシオサとの共演だった。以後は低予算のアクション映画やホラー映画の看板俳優的に出演活動を続けた。

キャリアの初期は二枚目俳優だったが、1960年代の末から『シェラマドレの決闘(シェラマドレの決斗)』(1966年)や『シノーラ』(1972年)で敵役や悪役を演じる様になり、演技の幅を広げるに至った。テレビ映画にも脇役ながらも『夜空の大空港』(1966年)や『イスタンブール特急』(1968年)、日本では劇場公開された『特攻サンダーボルト作戦』(1976年)等、数多くに出演した。

燃えよドラゴン

ロバート・クローズ監督が香港で撮った合作映画『燃えよドラゴン』(1973年)ではブルース・リーと共演した。配役クレジットはリーと並列表示で、サクソンは右側だったので、二番手の序列である。当時はキャリアの停滞期にあった彼は、本作に出演したことが後半生の大きな財産になった。本来は世界的、英語圏への売上を考慮して白人のサクソンが主役であったが、リーに変更された。主役変更の為、サクソンの出番や絡みが不自然に多い。詳細は燃えよドラゴンのリンク先を参照。

一時は誰に会ってもブルース・リーのことばかり訊かれるため、ノイローゼになった。路上で追い剥ぎに遭った時も、強盗は銃をサクソンに突きつけて、「さあ言え、ブルース・リーさんと共演してどんな気分だった?」と訊ねたという。

サクソンも、『燃えよドラゴン』の撮影現場で撮ったリーとのスナップ写真をペンダントにして販売して荒稼ぎしたが、このことで陰口をたたかれてまたノイローゼになったという[1]

2020年7月25日、アメリカ合衆国・テネシー州に於いて肺炎で死去[2]84歳没

イタリア映画での活躍

イタリア映画への出演も同時代のハリウッド俳優同様に数本こなしており、サクソンは主役から悪役、脇役まで演じ、1960年代から1990年代まで続いた。

1960年代からはマリオ・バーヴァ監督の『知りすぎた少女』(1963年/未ソフト化)に出演し、前後関係は不明だが、イタリアでもロケされたオットー・プレミンジャー監督のハリウッド大作の宗教映画『枢機卿』(1963年)にも脇役出演した。また、エンツォ・G・カステッラーリ監督の喜劇風味のマカロニ・ウエスタン『西部の三悪党』(1968年/未ソフト化)ではアントニオ・サバトとフランク・ウルフと共に主演を務めた。

1970年代にはマウリツィオ・メルリ主演の『特攻警察』(1975年/未/テレビ放映)や『マフィア/血の掟』(1978年/未/ビデオ、日本のVHSソフトのジャケットには1984年作品と詐称)と言った犯罪アクション物やアルベルト・デ・マルティーノ(マーティン・ハーバートの変名を使用)監督のカナダ・ロケの刑事物『ビッグ・マグナム77』(1976年)にも出演したが、脇役だった。

1980年代にはアントニオ・マルゲリーティ監督のホラー映画『地獄の謝肉祭』(1980年)の人肉食に目覚めるベトナム帰りの主役で健在ぶりを示し、ダリオ・アルジェント監督の『シャドー』(1982年)、セルジオ・マルティーノ監督の『死霊の暗殺/エトルスカン』(1984年/未/ビデオ)と『片腕サイボーグ』(1985年)の敵役等でハリウッド俳優の威信を見せつけた。また、イタリア映画への出演と並行してハリウッド映画にも出演していた。

1990年代に入ってイタリアではマカロニ・ウエスタンが数本だけだが、復活した。サクソンはカステッラーリ監督の『熊のジョナサン』(1994年/未ソフト化)にも出演し、フランコ・ネロが主演だった。また、本作はロシアとの合作でもある。因みに、ロシアはソ連時代から西部劇や疑似西部劇映画が数本製作された事実があり、本作も決して珍しい例ではない。

『地獄の謝肉祭』で組んだマルゲリーティが第二班監督を務めたテレビ・ミニ・シリーズ『ジンギス・カン/生涯の物語』(2010年/未放送)にも出演した。本作は1991年から製作が開始されたが、紆余曲折の末、およそ19年の歳月を経て日の目を見た。監督は本作が引退作になった英国のケン・アナキンで、ハリウッド俳優のリチャード・タイスンがハンの主役を演じた。また、チャールトン・ヘストンベキム・フェーミュ、ジェームズ・ミッチャム等のベテラン俳優も出演しており、中華人民共和国、モンゴル、カザフスタン、ウズベキスタン、キルギスタン等の広域でロケされた。

主な出演作品

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI