ジョン・デュラン

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本名 ジョン・ハデル・デュラン・パラシオ
Jhon Jader Durán Palacio
ラテン文字 Jhon Durán
生年月日 (2003-12-13) 2003年12月13日(22歳)
ジョン・デュラン
アル・ナスルでのデュラン(2025年)
名前
本名 ジョン・ハデル・デュラン・パラシオ
Jhon Jader Durán Palacio
ラテン文字 Jhon Durán
基本情報
国籍  コロンビア
生年月日 (2003-12-13) 2003年12月13日(22歳)
出身地 メデジン
身長 185cm
体重 80kg
選手情報
在籍チーム ロシアの旗 FCゼニト・サンクトペテルブルク
ポジション FW
背番号 9
利き足 左足
ユース
2015-2019 コロンビアの旗 エンビガド
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2019-2021 コロンビアの旗 エンビガド 47 (9)
2022-2023 アメリカ合衆国の旗 シカゴ・ファイアー 27 (8)
2022 アメリカ合衆国の旗 シカゴ・ファイアー II 2 (0)
2023-2025 イングランドの旗 アストン・ヴィラ 55 (12)
2025- サウジアラビアの旗 アル・ナスル 13 (8)
2025-2026 トルコの旗 フェネルバフチェ (loan) 10 (3)
2026- ロシアの旗 ゼニト (loan) 0 (0)
代表歴2
2019  コロンビア U-17 2 (0)
2022  コロンビア U-20 17 (3)
2022- コロンビアの旗 コロンビア 17 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2026年2月9日現在。
2. 2025年7月7日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ジョン・ハデル・デュラン・パラシオJhon Jader Durán Palacio , 2003年12月13日 - )は、コロンビアアンティオキア県メデジン出身のプロサッカー選手ロシアプレミアリーグゼニト・サンクトペテルブルク所属。コロンビア代表。ポジションはFW

エンビガド

11歳でエンビガドFCの下部組織に入団。もともとサイドハーフであったが、このクラブで「ストライカーのほうが向いている」と勧められてセンターフォワードに転向[1]。2019年にエンビガドFCのトップチームに昇格。2月10日のアリアンサ・ペトロレラ戦でプロデビューし、9月1日のリオネグロ・アギラス戦でプロ初ゴールを記録[2]。15歳8か月でのゴールはカテゴリア・プリメーラAで2番目に若い得点記録となった[3]。2020年10月には、イギリスの有力紙ガーディアンが選ぶ「将来有望な若手選手60人」の1人に選出され、注目を集める[4]

シカゴ・ファイヤー

2021年1月12日、シカゴ・ファイアーFCと2025年までの契約を締結し、2022年1月より加入することが発表[5]。17歳というアメリカ・メジャーリーグサッカー史上最年少の外国人選手になった。更に2021年シーズンはエンビガドFCで7ゴールを記録。2022年1月より正式に加入。5月14日のFCシンシナティ戦で移籍後初ゴールを決めた[6]

アストン・ヴィラ

2022–2023シーズン

2023年1月16日、イングランドプレミアリーグアストン・ヴィラFCへの完全移籍が発表され、労働ビザが取得され次第トップチームに登録される[7]。2月4日、プレミアリーグ第22節レスター・シティ戦、82分、レオン・ベイリーと交代出場しプレミアリーグデビュー[8]。続く、マンチェスター・シティ戦でも途中出場し、ゴールポストを叩くハーフボレーを放つなど才能の片鱗を見せつけた[9]

2023–2024シーズン

2023年8月20日、4-0で勝利したエヴァートン戦では交代出場してアストン・ヴィラでの初ゴールを決めた。8月31日にはUEFAヨーロッパカンファレンスリーグハイバーニアン戦でヨーロッパの大会で初ゴールを決めた。2023年9月、プレミアリーグのクリスタル・パレス戦で胸トラップから豪快なハーフボレーを決め、クラブのシーズン最優秀ゴールに選ばれた。 2024年5月13日、UEFAチャンピオンズリーグ出場が掛かった大一番のリヴァプール戦で2点ビハインドを状況で79分から途中出場し85分、88分と立て続けにゴールを決めて3-3のドローに導く移籍後の初ドッペルパックを達成。勝ち点1を加算したヴィラのプレミアリーグ4位以内を確定させチャンピオンズリーグ出場権を確保した。

2024–2025シーズン

ウェストハム・ユナイテッドチェルシーへの移籍が噂され、デュランはアストン・ヴィラのプレシーズン・スカッドに含まれず、自身のSNS配信中にウェストハムの「ハンマー」ジェスチャーをした事で物議を醸した[10]。しかし8月17日、途中出場でウェストハム戦に出場すると、2–1の勝利を決める決勝ゴールを挙げ、ヴィラへの忠誠を再確認するセレブレーションを見せた[11]。その後、レスター・シティ戦、エヴァートン戦と、いずれも途中出場から連続して決勝点を記録し、特にエヴァートン戦でのロングシュートは高く評価された[12]。10月2日には、チャンピオンズリーグ初ゴールを記録。マヌエル・ノイアーの頭上を抜くループシュートで、バイエルン・ミュンヘンを破る決勝ゴールを決め1–0の勝利をもたらした[13]。5日後、2030年までの新契約をヴィラと締結した[14]。同日、エヴァートン戦でのゴールがBBCの9月ゴール・オブ・ザ・マンスに選出された[15]。さらに9月のアストン・ヴィラ月間最優秀選手に選ばれ[16]、同じエヴァートン戦のゴールはプレミアリーグ公式の9月ゴール・オブ・ザ・マンスも受賞した[17]。12月26日、ニューカッスル・ユナイテッド戦で退場処分を受け、その後、罰金および3試合の出場停止処分が科された[18]

アル・ナスル

2025年1月31日、2030年までの契約でサウジアラビアアル・ナスルFCへの移籍加入が発表された[19]。移籍金の額については非公開とされており[20]Sky SportsTransfermarktは7700万ユーロ(6400万ポンド)+出来高と推定している[21][22]

フェネルバフチェ (ローン)

2025年7月6日、フェネルバフチェSKへの2025–26シーズン終了までのローン移籍が発表された[23]。8月6日、UEFAチャンピオンズリーグ予選3回戦アウェーのフェイエノールト戦で途中出場し、フェネルバフチェでの公式戦デビューを果たしたが、試合は1–2で敗れた[24]。8月12日、ホームでのフェイエノールトとの第2戦で初ゴールを記録し、チームは5–2で勝利した。8月16日には、0–0に終わったアウェーギョズテペ戦でスュペル・リグ初出場を果たした[25]。10月23日、変形性関節症と診断され58日間の治療期間を経た後、UEFAヨーロッパリーグのVfBシュトゥットガルト戦で87分から途中出場し、1–0の勝利に貢献して復帰を果たした[26]。11月2日には、宿敵ベシクタシュとのアウェー戦(3–2)で、フェネルバフチェでのリーグ初ゴールを記録。さらに12月1日には、ガラタサライとのインターコンチネンタル・ダービーでゴールを挙げたものの、試合は1–1の引き分けに終わった。

ゼニト・サンクトペテルブルク (ローン)

2026年2月9日、フェネルバフチェとの契約を打ち切り、ゼニト・サンクトペテルブルクへとシーズン終了までローン移籍することを発表[27]

代表歴

2019年にペルーで開催された南米U-17選手権に、U-17のコロンビア代表として出場。 2022年9月にフル代表初招集。25日のグアテマラ戦で、後半開始からラダメル・ファルカオとの交代で起用され、代表デビュー。試合も4-1で勝利した。 2023年3月28日、日本代表戦にスタメン出場し、前半33分に世代別代表含め、コロンビア代表として初ゴールを記録し勝利に貢献[1]

エピソード

幼少期にはフアン・パブロ・アンヘルロメル・ルカクラダメル・ファルカオのビデオをお手本にしていた[1]

エンヒガドで彼を教えていたウィルベルス・ペレアはメジャーリーグサッカーを移籍先に選んだのは「彼の特徴を考えればアメリカが最適」だと分析されたから。そして、その中でシカゴ・ファイアーのテクニカルディレクターであるセバスティアン・ベルツァーカルロス・テランという選手を見に来たところ、たまたまデュランのプレーを目にし「テランを探しに来たら、たまたま後半にある少年が入ってきた。彼の身体能力はすごかった。ウイングで2回か3回の1対1を行い、何ができるかをすぐ証明したよ。あのジャンプと、あの加速。数週間観察すればするほど、彼の未来が見えてきた」と契約に至った[28]

アストン・ヴィラに移籍した際に初めてヴィラ・パークを訪れたデュランにクラブのレジェンドでもある元コロンビア代表FWフアン・パブロ・アンヘルから「ジョン、兄弟よ。新しい君の家に迎えることができて嬉しいよ。君がやってきたこのホルト・エンド(ヴィラ・パークの愛称)には、私のキャリアの中で最も素晴らしい思い出が残っているんだ。君はサッカー選手としての技術的な資質をすべて備えている。素晴らしい遺産を作れるだけの力がある。このクラブだけでなく、このリーグ全体でもだ。このアストン・ヴィラで最高の幸運が訪れることを、最大限の成功が得られること、そしてみんなが喜びで満ち溢れることを願っているよ」とビデオメッセージが送られ「アンヘルがメッセージを送ってくれたこと、クラブがそれを手配してくれたことは、僕にとって信じられないほど感動的な瞬間だったよ。僕も彼のように、そして彼以上のことを成し遂げたい」と話した[29]

タイトル

脚注

外部リンク

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