アストン・ヴィラFC

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アストン・ヴィラ・フットボール・クラブ(Aston Villa Football Club)は、イングランドウェスト・ミッドランズバーミンガムをホームタウンとする、イングランドプロサッカーリーグ(プレミアリーグ)に加盟するプロサッカークラブ。愛称はヴィラ(Villa)。

原語表記 Aston Villa Football Club
愛称 The Villans
The Lions
The Claret & Blue Army
クラブカラー     クラレット
    水色
創設年 1874年
概要 原語表記, 愛称 ...
アストン・ヴィラFC
原語表記 Aston Villa Football Club
愛称 The Villans
The Lions
The Claret & Blue Army
クラブカラー     クラレット
    水色
創設年 1874年
所属リーグ プレミアリーグ
所属ディビジョン 1部(2024-25
昨季リーグ順位 4位(2023-24
ホームタウン バーミンガム
ホームスタジアム
ヴィラ・パーク
収容人数 42,749[1]
代表者 エジプトの旗 ナーセフ・サウィーリス
アメリカ合衆国の旗 ウェス・エデンス[2]
監督 スペインの旗 ウナイ・エメリ
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
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概要

1880年代からイングランドを代表するフットボールクラブであり、当時は近代的なパスゲームのパイオニアだった。短く素早いコンビネーションのを生かしたパススタイルは、1886年に世界初のプロサッカー監督となったスコットランド人のジョージ・ラムジーによって構築された。また、アストン・ヴィラは1885年にスポーツのプロ化を推進し、1888年にはヴィラのディレクターであったウィリアム・マクレガーが世界初のフットボールリーグを創設した。

ジョージ・ラムジー政権ではリーグ優勝6回、FAカップ優勝6回というトロフィーを獲得しイングランドで最も成功したクラブいう地位を1890年代から1970年代まで築き上げた。1930-31シーズンには128ゴールを挙げ、これはトップリーグの歴代最高記録となっているが、クラブは1930年代半ばに最初の衰退を始めた。しかし、1970年代半ばからロン・サンダース監督が率いたチームはエリートクラブに返り咲き1980-81シーズンに7度目のトップリーグ優勝を果たした。1981-82シーズンには、イングランドで4番目のヨーロッパカップ優勝クラブとなり、1982年にはヨーロッパスーパーカップも獲得した。

これまでにリーグとFAカップでそれぞれ優勝7回、1981-82シーズンに欧州制覇の経験もある。プレミアリーグ移行後の最高順位は1992-93シーズンの2位である。

ヴィラはイングリッシュフットボール全クラブ中2位となる110シーズンをトップリーグで過ごし、全クラブ中2位となる76人のイングランド代表選手を輩出。また、1888年のイングランドトップリーグ通算ランキングで5位にランクされており 、List of football clubs in England by competitive honours wonで7番目に成功したクラブである[3]

同じバーミンガムを本拠地とするバーミンガム・シティFCとの対決はバーミンガム・ダービーとして盛り上がりを見せる。同じウェスト・ミッドランズに拠点を置くウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFCウルヴァーハンプトン・ワンダラーズFCとの試合もダービーとしてみなされることが多い。

イギリス国王チャールズ3世の長男ウィリアム皇太子がファンであることで有名[4]

俳優のトム・ハンクスはアストン・ヴィラのファンである事を公言しており、ヴィラを好きになった理由は「Aston Villa」というチーム名を聞いて「素敵な別荘がある街なんだろう」と名前の響きに惹かれたからだという[5]

歴史

アストン・ヴィラの選手達(1899年)
アストン・ヴィラの選手達(2009年)

1888年9月に始まったフットボールリーグに最初から参加した12クラブの一つである。1893-94シーズンに初優勝を飾ると、1909-10シーズンまで6度の優勝を達成した。1896-97シーズンは、FAカップも制しクラブ史上初のダブルを成し遂げ、ヴィクトリア朝において最も成功したフットボールチームであった。

1912-13、1919-20シーズンと2度のFAカップ制覇があるものの、リーグを制することはできず、1936-37シーズンにクラブ史上初めて2部へ降格した。2部でのシーズンとなった1937-38シーズンを優勝で飾り、1年で昇格し、第2次世界大戦中の中断期間を挟み、1967-68シーズンまでトップリーグでの地位を保った。その間には決勝でマンチェスター・ユナイテッドを下し、7度目のFAカップ制覇を成しえた1956-57シーズンと初めてフットボールリーグカップを制した1960-61シーズンも含まれている。

1966-67シーズンに2部降格が決まると、1969-70シーズンに3部に降格し2部昇格に2シーズンを要した。 ロン・ソンダース (en) の指揮の下、1975-76シーズンにトップリーグへの復帰を果たすと、1980-81シーズンに1909-10シーズン以来のリーグ優勝を遂げた。1981-82シーズンにデ・カイプにおいてバイエルン・ミュンヘンを1-0で破り、UEFAチャンピオンズカップを制した。トヨタ ヨーロッパ/サウスアメリカ カップに出場したが、ウルグアイペニャロールに0-2で敗れ世界一の称号を得ることは出来なかった。

1986-87シーズンにヨーロッパ制覇から僅か5年で2部へ降格した。1年で復帰し1992-93シーズンよりプロサッカーリーグの改編に伴い新設されたプレミアリーグのメンバーに名を連ねた。初年度にマンチェスター・ユナイテッドに優勝を許したものの2位で終えた。90年代の残りは、危機はあったが1度も降格することなく、リーグカップを2度制した。

2000年にFAカップ決勝に進出したものの、旧ウェンブリー・スタジアムで行われた最後の試合でチェルシーに0-1で敗れて準優勝[6][7]。2001年にUEFAインタートトカップを獲得。2007年夏にランディ・ラーナーが新オーナーとなり、マーティン・オニールが監督に就任し、着実にチームは強化されていき、エヴァートンと共にBIG4に次ぐチームになりつつあった。

2010-11シーズンは開幕5日前の2010年8月9日に、ラーナーとのチームのベストプレーヤーを手放す方針の相違から、オニールが辞任した[8]。しばらくはリザーブチーム監督のケヴィン・マクドナルドを暫定監督とし、9月8日ジェラール・ウリエの監督就任を発表した。2012年2月、クラブは5390万ポンド(約69億円)の損失を計上し[9]、3ヶ月後にラーナーは約2億ポンドでクラブを売却した[10]

2014-15シーズンはプレミアリーグ史上最低記録となる開幕25試合でわずか12得点と得点力の欠如に苦しみ、2015年2月にランバートを解任し[11]ティム・シャーウッドが就任した[12]。最終的に17位となり、降格の危機を免れた。なお、FAカップでは決勝へ進出。

2015-16シーズンは二度の監督交代があったものの好転せず、2016年4月16日に1992年のプレミアリーグ創設以来では初、1987年以来となる2部のフットボールリーグ・チャンピオンシップへの降格が決まった[13]。リーグ戦わずか3勝の勝ち点17と、プレミア史上3番目に低い成績だった[14]

2016年6月、中国の実業家、トニー・シア(夏建統)が7600万ポンド(約105億円)でクラブを買収し、会長に就任した[15]ロベルト・ディ・マッテオが新監督に任命されたが、シーズン序盤の不調を受けてわずか12試合で解任。後任には元バーミンガム監督のスティーブ・ブルースが就任した。

2016-17シーズンは13位と昇格争いに絡めず終了。

2017-18シーズンはチェルシーを退団しフリーとなっていたジョン・テリーを開幕前にブルース自ら口説き落とし獲得。絶対的なディフェンスリーダーを得たチームはチャンピオンシップで4位となり昇格プレーオフ出場権を得たが、決勝でフラムに敗れ昇格を逃した。その後、クラブの財政危機が表面化し、解散の危機も囁かれたが、推定純資産は87億米ドル、エジプトで最も裕福とされる実業家ナーセフ・サウィーリス、そしてNBAミルウォーキー・バックスのオーナーで総資産は12億ドルを誇るウェス・エデンズ率いるエジプト企業のNSWEグループの投資を受け、両名が新たなオーナーとなることで合意し問題を回避した。

2018-19シーズン、開幕前にスコットランド代表ジョン・マッギンを獲得、さらにシーズンローンでタミー・アブラハムアクセル・トゥアンゼベらが加入。9戦で1勝しか挙げることができなかったスティーヴ・ブルースを10月に解任。後任には少年時代からのヴィラファンであることを公言していたディーン・スミスを昇格圏にいたブレントフォードから引き抜く。また、前シーズンをもって現役を退いていたジョン・テリーがアシスタントコーチに就任。2019年冬にはタイロン・ミングスをローンで獲得。さらにスミスは第35節、ダービー・カウンティ戦で生え抜きである、ジャック・グリーリッシュをゲームキャプテンに任命。するとクラブ記録となるリーグ戦10連勝を記録し最終的にチャンピオンシップで5位につけ2季連続で昇格プレーオフに進んだ。ウィリアム王子が見守る中、決勝でダービー・カウンティに2-1で勝利して2015-16シーズン以来3年ぶりのプレミアリーグ昇格を果たした[16]

プレミアリーグ復帰した2019-20シーズンは開幕前にタイロン・ミングスが完全移籍で加入。トム・ヒートンやのちにチームの軸となるドウグラス・ルイスエズリ・コンサらを獲得。しかし守護神のヒートンら故障者が続出したことや、深刻な得点力不足に陥るなどシーズンを通して苦戦。一時は降格が有力視されていたが、20年冬にローン加入したホセ・マヌエル・レイナ、ジャック・グリーリッシュ、トレゼゲらの活躍もあり、終盤戦に勝ち点を重ねて残留を果たした。リーグ戦では残留争いを強いられた一方で、EFLカップではファイナルに進出。タイトルにあと一歩まで迫るもマンチェスター・シティに1-2で敗れ、1995-96シーズン以来の国内主要タイトル獲得には至らなかった。

2020-21開幕前にエミリアーノ・マルティネスマティ・キャッシュベルトラン・トラオレ、そして前シーズンチャンピオンシップMVPを獲得していたオリー・ワトキンスの4選手を完全移籍で獲得。また、ロス・バークリーをシーズンローンで獲得。第4節でリヴァプールFCに7-2で大勝するなど危なげない戦いを続けリーグ戦を11位でフィニッシュ。

2021-22シーズン開幕前に前シーズンチャンピオンシップMVPに輝いたエミリアーノ・ブエンディアをクラブレコードで、さらにレオン・ベイリーを獲得。しかし、イングランド代表に定着しクラブの象徴的存在となっていた、キャプテンのジャック・グリーリッシュをイギリス史上最高額の1億ポンドでマンチェスター・シティに放出した。グリーリッシュ退団による得点力低下を補うためにダニー・イングスをリーグ戦開幕直前に獲得。そして、イングランド代表のタイロン・ミングスが新キャプテンに就任。アカデミー出身のジェイコブ・ラムジーカーニー・チュクエメカら若き才能が台頭する一方で開幕11試合で7敗を喫し低調な戦いを続け、クラブはディーン・スミス監督を解任。2021年11月11日にスティーブン・ジェラードを指揮官に任命した。22年冬にローンでコウチーニョロビン・オルセン、完全移籍でリュカ・ディニュカラム・チェンバースが加入。最終的に14位でフィニッシュ。

2022-23シーズンは開幕前にコウチーニョ、ロビン・オルセンがローンから完全移籍に移行しブバカル・カマラジエゴ・カルロスレアンデル・デンドンケルらが加入。また、タイロン・ミングスからジョン・マッギンにキャプテンを変更。11試合でわずか2勝、7ゴールという低調なスタートを切った後、ジェラードは2022年10月に解任。後任にはヨーロッパリーグ4度の優勝経験を持つ、スペイン人監督ウナイ・エメリが就任した。23年冬にアレックス・モレノジョン・デュランが加入。エメリのヴィラは躍進し降格圏に沈んでいたチームを最終的に7位に導き、ヨーロッパカンファレンスリーグ出場権を獲得した。

2023-24シーズンは開幕前に、レスター・シティからユーリ・ティーレマンスビジャレアルからパウ・トーレスレバークーゼンからムサ・ディアビを獲得。さらにガラタサライからニコロ・ザニオーロバルセロナからクレマン・ラングレがローンで加入。前シーズンの好調を維持し、第15節にはディフェンディングチャンピオンであるマンチェスター・シティ、中二日で行われた第16節で前シーズン2位のアーセナルを破る。前シーズンから続くプレミアリーグ、ホームゲーム15連勝を記録し2位で年内のリーグを折り返す。なお、データサイト『Opta』によると、ホームゲーム15連勝は、1874年創設以来、最多を誇るクラブ新記録。また、エメリはプレミアリーグのホームゲームで15連勝を成し遂げた史上5人目の指揮官となった。加えてマンチェスター・シティ&アーセナル戦の連勝によってプレミアリーグ前年度の1位と2位チームを相手に連勝した史上4クラブ目になった[17]。第37節、3位につけているリヴァプールとホームで対戦し3-3で終了。このドローで5位トッテナムとの勝ち点差を「5」に拡げ、アストン・ヴィラの4位及びチャンピオンズリーグ出場権獲得が決定した[18]。アストン・ヴィラがトップ4に入ったのは1995-96シーズン以来3度目で、1982-83シーズン以来のCL出場となる[19]。2024年5月27日、エメリは2029年まで契約を延長[20]

2024-25シーズンは夏のオフシーズンに主軸であった、ドウグラス・ルイスユベントスへ、ムサ・ディアビアル・イテハドへ売却した一方で、ルートンで復調したロス・バークリーをフリートランスファーで再獲得、エヴァートンからアマドゥ・オナナ、チェルシーからイアン・マートセンハル・シティで存在感を示していた、アカデミー出身のジェイデン・フィロジーンを買い戻し条項を発動させ獲得するなどチャンピオンズリーグに積極的に向けてチーム強化を行った。開幕戦でウェスト・ハムに勝利すると第2節でアーセナルに敗れたもも以降11月3日のトッテナム・ホットスパー戦まで無敗で戦い、UEFAチャンピオンズリーグ・リーグフェーズでは第2節でブレイクしつつあったジョン・デュランの決勝ゴールでバイエルン・ミュンヘンを破るなど第3節までに開幕から無失点での3連勝を果たし、一時は首位に浮上するなど危なげい戦いをみせ、5勝1分2敗で8位でリーグフェーズを突破。1月の移籍市場ではジョン・デュランをアル・ナスルへジエゴ・カルロスをフェネルバフチェへ売却。ドニエル・マレンを完全移籍で、クラブで出場機会に恵まれていなかったマルコ・アセンシオマーカス・ラッシュフォードアクセル・ディサシをローンで獲得するなど大型補強を行いチームを強化。チャンピオンズリーグラウンド16ではクラブ・ブルッヘに2試合合計6–1 の大差で勝利を収め、準々決勝ではPSGと2試合合計4–5(第1戦3-1●第2戦3-2〇)の大接戦を演じるも惜しくも敗退となった。FAカップでは2014-15シーズン以来の準決勝に進出するもクリスタル・パレスに敗北を喫し敗退。プレミアリーグでは2季連続のチャンピオンズリーグを目指し最終節まで可能性を残していたもの、最終節でマンチェスター・ユナイテッドに敗北し6位でシーズンを終了。ヨーロッパリーグの出場に回る事となった。

2025-26シーズン、ニューカッスルとの開幕戦はスコアレスドロー、2節のブレントフォード戦では0-1の敗北し8月末にはクリスタル・パレスに3-0で敗北しヴィラの12カ月に渡るホーム無敗記録が途絶えた。しかし、ヴィラは復調し、2025年12月6日、首位アーセナルに2-1で勝利しエメリはヴィラでの通算63勝目を記録、就任後、162試合で54.94%の勝率を誇り、2025年に行われた34試合で獲得したヴィラの67ポイントを上回るポイントを獲得したのは、アーセナルとマンチェスター・シティのみとなった[21]。12月21日、マンチェスター・ユナイテッドに勝利しクラブ史上初のプレミアリーグ7連勝を達成、この連勝を含めて公式戦10連勝を達成した。なお、データ会社「Opta」によると、アストン・ヴィラの公式戦10連勝は111年ぶりとなったという[22]。ヨーロッパリーグ決勝ではドイツのフライブルクに3-0で勝利し、1995-96シーズンのリーグ・カップ優勝以来、30年ぶりのタイトルになったほか、1981-82シーズンのUEFAチャンピオンズカップ(現CL)以来、44年ぶりの国際タイトルとなった[23]

エンブレム

経営陣にスコットランド出身者が多かったため、スコットランドの強豪レンジャーズのエンブレムをモチーフに、立ち上がる獅子が描かれた盾形のエンブレムを採用。エンブレムにあるPREPAREDは“備えよ(準備を怠るな)”と言う意味である。しかし、2016-17シーズンからエンブレムは変更され、PREPAREDの文字が無くなりシンプルなものとなった。

2022年11月、ファン投票を経て、クラブは2023-24シーズンから新しいエンブレムを採用すると発表[24]。なお、新しいエンブレムの使用は、クラブの事業運営責任者のクリス・ヘックによって、ゲームキットとトレーニングウェアに限定されるものであることが後に明らかにされ、既存のエンブレムは他のすべての媒体でメインエンブレムとして使用され続けている[25]。 2024年5月、クラブは盾形のエンブレムに戻った。

タイトル

国内タイトル

  • FAカップ : 7回
    1886-87, 1894-95, 1896-97, 1904-05, 1912-13, 1919-20, 1956-57

国際タイトル

過去の成績

  • 1980-81シーズンまでは1勝につき勝ち点2点。1981-82シーズンから勝ち点3点で加算
さらに見る シーズン, リーグ戦 ...
シーズン リーグ戦 カップ戦 リーグ杯 欧州カップ / その他 最多得点者
ディビジョン順位選手得点数
1974-75 ディビジョン2 422589793258 2位 5回戦敗退 優勝 イングランドの旗 レイ・グレイドン英語版27
1975-76 ディビジョン1 4211171451593916位 3回戦敗退 3回戦敗退 UEFAカップ1回戦敗退 14
1976-77 42227137650514位 準々決勝敗退 優勝 スコットランドの旗 アンディ・グレイ29
1977-78 421810146857428位 3回戦敗退 4回戦敗退 UEFAカップベスト8 20
1978-79 421516115949468位 3回戦敗退 4回戦敗退 イングランドの旗 ジョン・ディーハン英語版22
1979-80 421614125150467位 準々決勝敗退 3回戦敗退 イングランドの旗 ゲイリー・ショー英語版13
1980-81 422688724060 1位 3回戦敗退 3回戦敗退 イングランドの旗 ピーター・ウィズ21
1981-82 4215121555535711位 5回戦敗退 準々決勝敗退 ヨーロピアンカップ優勝 17
1982-83 42215166250686位 準々決勝敗退 2回戦敗退 スーパーカップ
ヨーロピアンカップ
トヨタカップ
優勝

ベスト8
準優勝
イングランドの旗 ゲイリー・ショー英語版24
1983-84 421791659616010位 3回戦敗退 準決勝敗退 UEFAカップ2回戦敗退 イングランドの旗 ピーター・ウィズ22
1984-85 4215111660605610位 3回戦敗退 3回戦敗退 イングランドの旗 ポール・ライドアウト英語版15
1985-86 4210141851674416位 4回戦敗退 準決勝敗退 イングランドの旗 シモン・ステインロッド英語版21
1986-87 4281222457936 22位 3回戦敗退 4回戦敗退 スコットランドの旗 アラン・エヴァンス英語版8
1987-88 ディビジョン2 44221210684178 2位 4回戦敗退 4回戦敗退 イングランドの旗 ウォーレン・アスピナル英語版13
1988-89 ディビジョン1 389131645564017位 4回戦敗退 準々決勝敗退 スコットランドの旗 アラン・マキナリー22
1989-90 3821710573870 2位 準々決勝敗退 3回戦敗退 イングランドの旗 デビッド・プラット24
1990-91 389141546584117位 3回戦敗退 準々決勝敗退 UEFAカップ2回戦敗退 24
1991-92 42179164844607位 準々決勝敗退 2回戦敗退 トリニダード・トバゴの旗 ドワイト・ヨーク17
1992-93 プレミアリーグ 42211110574074 2位 4回戦敗退 4回戦敗退 ウェールズの旗 ディーン・ソーンダース16
1993-94 4215121546505710位 5回戦敗退 優勝 UEFAカップ2回戦敗退 16
1994-95 4211151651564818位 4回戦敗退 4回戦敗退 UEFAカップ2回戦敗退 17
1995-96 38189115235634位 準決勝敗退 優勝 トリニダード・トバゴの旗 ドワイト・ヨーク25
1996-97 381710114734615位 4回戦敗退 4回戦敗退 UEFAカップ1回戦敗退 20
1997-98 38176154948577位 5回戦敗退 3回戦敗退 UEFAカップベスト8 16
1998-99 381510135146556位 4回戦敗退 3回戦敗退 UEFAカップ2回戦敗退 イングランドの旗 ジュリアン・ヨアキム英語版16
1999-00 381513104635586位 準優勝 準決勝敗退 イングランドの旗 ディオン・ダブリン16
2000-01 381315104643548位 4回戦敗退 3回戦敗退 UEFAインタートトカップ準決勝敗退 9
2001-02 381214124647508位 3回戦敗退 4回戦敗退 UEFAインタートトカップ
UEFAカップ
優勝

1回戦敗退
コロンビアの旗 フアン・パブロ・アンヘル16
2002-03 381291742474516位 3回戦敗退 準々決勝敗退 UEFAインタートトカップ準決勝敗退 イングランドの旗 ディオン・ダブリン14
2003-04 381511124844566位 3回戦敗退 準決勝敗退 コロンビアの旗 フアン・パブロ・アンヘル23
2004-05 3812111545524710位 3回戦敗退 3回戦敗退 9
2005-06 3810121642554216位 5回戦敗退 4回戦敗退 チェコの旗 ミラン・バロシュ12
2006-07 3811171043415011位 3回戦敗退 4回戦敗退 イングランドの旗 ガブリエル・アグボンラホール10
2007-08 381612107151606位 3回戦敗退 3回戦敗退 ノルウェーの旗 ヨン・カリュー13
2008-09 381711105448626位 5回戦敗退 3回戦敗退 UEFAインタートトカップ
UEFAカップ
優勝

ベスト32
15
2009-10 38171385239646位 準決勝敗退 準優勝 UEFAヨーロッパリーグプレーオフ敗退 17
2010-11 381212144859489位 5回戦敗退 準々決勝敗退 UEFAヨーロッパリーグプレーオフ敗退 イングランドの旗 ダレン・ベント
イングランドの旗 アシュリー・ヤング
9
2011-12 387171437533816位 4回戦敗退 3回戦敗退 イングランドの旗 ダレン・ベント10
2012-13 3810111747694115位 4回戦敗退 準決勝敗退 ベルギーの旗 クリスティアン・ベンテケ23
2013-14 381082039613815位 3回戦敗退 3回戦敗退 11
2014-15 381082031573817位 準優勝 2回戦敗退 15
2015-16 383827277617 20位 4回戦敗退 4回戦敗退 ガーナの旗 ジョルダン・アイェウ7
2016-17 チャンピオンシップ 4616141647486213位 3回戦敗退 1回戦敗退 コートジボワールの旗 ジョナタン・コジア19
2017-18 462411117242834位 3回戦敗退 3回戦敗退 ガーナの旗 アルバート・アドマー15
2018-19 46201610826176 5位 3回戦敗退 2回戦敗退 イングランドの旗 タミー・アブラハム26
2019-20 プレミアリーグ 38982141673517位 3回戦敗退 準優勝 イングランドの旗 ジャック・グリーリッシュ10
2020-21 381671555465511位 3回戦敗退 4回戦敗退 イングランドの旗 オリー・ワトキンス16
2021-22 381361952544514位 3回戦敗退 3回戦敗退 11
2022-23 38187135146617位 3回戦敗退 3回戦敗退 16
2023-24 38208107661684位 4回戦敗退 3回戦敗退 UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ準決勝敗退 27
2024-25 38199105851666位 準決勝敗退 4回戦敗退 UEFAチャンピオンズリーグ準々決勝敗退17
2025-26 4回戦敗退 3回戦敗退 UEFAヨーロッパリーグ 優勝
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現所属メンバー

プレミアリーグ2025-26 開幕フォーメーション(4-2-3-1
2026年02月02日現在[26]

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

※括弧内の国旗はその他保有国籍、もしくは市民権、★はホーム・グロウン選手、☆は21歳以下の選手を示す。

監督

ローン移籍選手

in

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

out

注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。

さらに見る No., Pos. ...
No. Pos. 選手名
17 MF オランダ ドニエル・マレン (ローマ)
18 GK オーストラリア ジョー・ガウチ (ポート・ヴェイル)() ()
19 MF イングランド イリング・ジュニオール (ピサSC)()
20 MF イングランド ジモー・アロバ (ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオンFC)()☆
20 DF セルビア コスタ・ネデリコヴィッチ (RBライプツィヒ)
21 MF アルゼンチン エンソ・バレネチェア (ベンフィカ)
No. Pos. 選手名
29 FW コートジボワール エヴァン・ゲサン (クリスタル・パレス)()
33 FW イングランド ルイス・ドビン (プレストン・ノースエンド)
48 GK ポーランド オリヴィエ・ジフ (プシュチャ・ニエポウォミツェ)
-- DF トルコ ヤシン・エズジャン (フェネルバフチェSK)
-- DF セネガル モドゥ・ケバ・シセ (LASKリンツ)
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歴代会長

  • 中華人民共和国の旗 トニー・シア 2016 - 2018
  • アメリカ合衆国の旗 ランディ・ラーナー 2006 - 2016
  • イングランドの旗 ダグ・エリス 1968 - 2006

歴代監督

さらに見る 名前, 就任 ...
名前就任退任試合勝率 %備考
アイルランドの旗 デビット・オレアリー 2003年5月20日 2006年7月19日 131473549035.88 [27]
北アイルランドの旗 マーティン・オニール 2006年8月5日 2010年8月9日 190806050042.11 [28]
フランスの旗 ジェラール・ウリエ 2010年9月8日 2011年6月1日 3614814038.89 [29]
スコットランドの旗 アレックス・マクリーシュ 2011年6月17日 2012年5月14日 4291716021.43 [30]
スコットランドの旗 ポール・ランバート 2012年6月2日 2015年2月11日 115342655029.57 [31]
イングランドの旗 ティム・シャーウッド 2015年2月14日 2015年10月25日 2811215039.29 [32]
フランスの旗 レミ・ガルド 2015年11月2日 2016年3月29日 202612010.00 [33]
イタリアの旗 ロベルト・ディ・マッテオ 2016年6月2日 2016年10月3日 12174008.33
イングランドの旗 スティーヴ・ブルース 2016年10月12日 2018年10月3日 102462531045.10
イングランドの旗 ディーン・スミス 2018年10月10日 2021年11月7日 134552851041.04
イングランドの旗 スティーブン・ジェラード 2021年11月11日 2022年10月20日 4013819032.50
スペインの旗 ウナイ・エメリ 2022年10月24日 1100100.00
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  • イングランドの旗 グラハム・テイラー 05.02.2002 - 14.05.2003
  • イングランドの旗 ジョン・ディーハン 24.01.2002 - 05.02.2002 *共同監督
  • イングランドの旗 スチュアート・グレイ 24.01.2002 - 05.02.2002 *共同監督
  • イングランドの旗 ジョン・グレゴリー 25.02.1998 - 24.01.2002
  • イングランドの旗 ブライアン・リトル 25.11.1994 - 24.02.1998
  • イングランドの旗 ロン・アトキンソン 07.07.1991 - 10.11.1994
  • スロベニアの旗 ジョセフ・ベングロシュ 22.07.1990 - 28.05.1991
  • イングランドの旗 グラハム・テイラー 18.05.1987 - 14.07.1990
  • スコットランドの旗 ビリー・マクニール 22.09.1986 - 08.05.1987
  • イングランドの旗 グラハム・ターナー 16.07.1984 - 14.09.1986
  • イングランドの旗 トニー・バートン 09.02.1982 - 18.06.1984
  • イングランドの旗 ロン・サンダース 04.06.1974 - 09.02.1982
  • イングランドの旗 ヴィック・クロウ 01.01.1970 - 06.05.1974
  • イングランドの旗 トミー・ドハーティ 01.12.1968 - 01.01.1970
  • イングランドの旗 トミー・カミングス 01.07.1967 - 30.11.1968
  • イングランドの旗 ディック・テイラー 01.07.1964 - 31.05.1967
  • イングランドの旗 ジョー・マーサー 01.12.1958 - 31.07.1964
  • イングランドの旗 エリック・ホートン 01.09.1953 - 30.11.1958
  • イングランドの旗 ジョージ・マーティン 01.12.1950 - 31.08.1953
  • イングランドの旗 アレックス・マーシー 01.08.1945 - 31.08.1950
  • イングランドの旗 ジミー・ホーガン 01.11.1936 - 01.09.1939
  • イングランドの旗 ジミー・マクムラン 01.06.1934 - 31.10.1935
  • イングランドの旗 W J Smith 01.08.1926 - 31.05.1934
  • イングランドの旗 ジョージ・ラムゼー 01.08.1884 - 31.05.1926


歴代所属選手

表彰

クラブ年間最優秀選手

アストン・ヴィラ殿堂

2006年、クラブは"Aston Villa Hall of Fame."を設立し、ファン投票により、12人の元選手、監督が選ばれた。[34]2013年5月、スティリアン・ペトロフが追加された。[35]

脚注

外部リンク

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