スコット・クーパー

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生年月日 (1967-10-13) 1967年10月13日(57歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
215 lb =約97.5 kg
スコット・クーパー
Scott Cooper
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミズーリ州の旗 ミズーリ州セントルイス
生年月日 (1967-10-13) 1967年10月13日(57歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 三塁手
プロ入り 1986年 MLBドラフト3巡目
初出場 MLB / 1990年9月5日
NPB / 1996年3月30日
最終出場 MLB / 1997年9月28日
NPB / 1996年8月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

スコット・ケンドリック・クーパーScott Kendrick Cooper , 1967年10月13日 - )は、MLBボストン・レッドソックスなどに所属した元プロ野球選手アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイス出身。ポジション三塁手。日本では1996年西武ライオンズに所属した。

1986年のドラフトでボストン・レッドソックス入りしたクーパーは、5年のマイナー生活の後、1990年にメジャー初昇格を果たす。しかし1打席のみで結果は三振であった。翌1991年もシーズンのほとんどをAAAですごした。1992年は一塁をモー・ボーンと分け合う形で出場機会が増え、1993年からはウェイド・ボッグスの去った三塁を守った。この年と翌1994年は2年連続でレッドソックスからはただ一人、オールスターに選出された[1]。1994年4月12日にはサイクルヒットを達成[2]。同年7月8日のシアトル・マリナーズ戦の3回表、マリナーズのアレックス・ロドリゲスがメジャー初打席を迎えたが、この時に三塁ゴロをさばいたのがクーパーだった[3]

来日前年の1995年セントルイス・カージナルスに移籍。118試合に出場しながら右肩・膝の故障の影響で打率.230、3本塁打、30打点に終わるなど力の衰えは否めなかった。

ライオンズで迎えた1996年は前評判は高かったが、強肩はアピールできたものの三塁守備の安定感に乏しく、変化球を全く打てないことから打撃成績も徐々に低下していき、シーズン終了前の9月初めに退団した。12月にはカンザスシティ・ロイヤルズと契約、メジャー復帰を果たす。1998年独立リーグでプレーして引退した[4]

西武時代は、創立期の西鉄クリッパース以来「投手背番号」で且つ「エースナンバー」として扱われている「21番」を着けた唯一の野手だった。しかも、在籍時の監督はその「21番のエース」の一人であり、西鉄ライオンズ時代末期から西武に至るまで在籍していた東尾修だった[5]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
1990 BOS 2110000000000000010.000.000.000.000
1991 143735616420247000020020.457.486.6861.172
1992 123378337349321051293311223700335.276.346.383.729
1993 15659652667147293920963524358155818.279.355.397.752
1994 10440636949104164131675303153021656.282.333.453.786
1995 STL 118430374298618231174003044933859.230.321.313.634
1996 西武 81318276276713071012712213702516.243.335.366.701
1997 KC 751821591232613491511221702324.201.283.308.591
MLB:7年 59220301801197478941233695211710916193201129932.265.337.386.723
NPB:1年 81318276276713071012712213702516.243.335.366.701

記録

MLB
NPB

背番号

  • 45(1990年 - 1992年)
  • 34(1993年 - 1995年)
  • 46(1995年)
  • 21(1996年)
  • 14(1997年)
  • 16(1997年)

参考資料

関連項目

外部リンク

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