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スチュアート・ブランド

アメリカ合衆国の著作家 From Wikipedia, the free encyclopedia

スチュアート・ブランド(Stewart Brand、1938年12月14日 - )はアメリカ合衆国の作家、編集者。

スチュアート・ブランド

経歴など

イリノイ州ロックフォード生まれ。東部のプレップ・スクールを出て、スタンフォード大学を卒業。その後、軍に入隊、二年後に除隊[1]

1966年に、NASAに対して地球の写真を公開する請求運動を開始。

全地球カタログ』の編集および制作者としてよく知られている。同誌は、ヒッピー文化を紹介する雑誌であったが、ハッカー文化をも取り上げた。1968年に発行された創刊号の表紙は宇宙に浮かぶ地球の写真[1]。 ブランドは、スタンフォード大学で開催された「第1回銀河系間スペースウォー!・オリンピック」に立ち会った経験をもとに、1972年に『ローリング・ストーン』誌に「スペースウォー! - コンピューターオタクの熱狂的人生と象徴的死」を掲載した。これは、ハッカー精神と反体制文化の繋がりを綴った最初のエッセイであり、テクノロジーに関する画期的な読み物と評価されている[2]

また、ブランドは、WELLなど多くの良質な組織を設立し続けた。他には、シナリオ・プランニングで有名なピーター・シュワルツと、コンサルティング会社「グローバル・ビジネス・ネットワーク(GBN)」を共同設立[3]した。

現在はロング・ナウ協会(THE LONG NOW-The Long Now Foundation)の代表をしている。ロング・ナウ協会は1996年設立された民間の団体である。「よりゆっくりに、よりよく」という考えを促進するために、今日の「より早く、より簡単に」という考え方に反するようなプロジェクトを行っている。特徴的なのが時間の表し方で、10,000年というスケールを用いているので、たとえば2008年はロング・ナウ的には「02008年」である。あなたの年齢が45歳であるなら、ロング・ナウ的には00045歳である。次の一万年の枠組みにおける我々の責任を創造的に伸ばすことをめざし、さまざまなプロジェクトを行っている。

現在、彼と彼の妻はカリフォルニア湾の引き船に暮らしている。環境運動家であり、原発肯定派である[4][5]

思想と哲学

カウンターカルチャーからサイバーカルチャーへ

ブランドの思想史的意義は、1960年代の反体制文化とコンピュータ技術を架橋した点にある。スタンフォード大学フレッド・ターナー英語版は『From Counterculture to Cyberculture』(2006年)で、ブランドとその「全地球ネットワーク」が、1968年から1998年にかけて『全地球カタログ』、WELL、雑誌『Wired』の創刊を通じて、サンフランシスコのフラワーパワーと勃興期のシリコンバレーとの出会いを取り持ったと論じた。1960年代初頭には冷戦の陰鬱な道具だったコンピュータが、1990年代には反体制ヒッピーの共同体的理想をモデルとする協働的なデジタル・ユートピアの象徴へと変貌したという。ただしターナーは、その世界像が「男性的で、起業家的で、高学歴で、白人的」なものであり、ラディカルな政治とテクノ・ユートピア的ビジョンの断絶が深いまま残ったとも指摘している[6]

「情報は自由になりたがる」

ブランドの最も有名な言葉が「Information wants to be free(情報は自由になりたがる)」である。1984年の第1回ハッカーズ・カンファレンスでスティーブ・ウォズニアックに語ったものが記録された最初の用例とされ、本来は情報の二面性を指摘した発言だった。「一方で、情報は高価になりたがる。なぜなら非常に価値があるからだ。他方で、情報は自由(無料)になりたがる。情報を取り出すコストがどんどん下がっているからだ。この二つがせめぎ合っている」と述べ、1985年5月の『Whole Earth Review』に活字化された。もっともブランド自身は、ドットコム時代にこの言葉がテック業界の破壊のスローガンとして使われると、コンピューティングから距離を取るようになった[7]

長期的思考とペース・レイヤリング

ブランドは短期主義への対抗として「長期的思考(long-term thinking)」を提唱した。1996年に共同設立したロング・ナウ協会の代表的プロジェクトが、100年に一度だけ「世紀の針」が進む1万年時計(The Clock of the Long Now)である。協会名や年号の5桁表記(例: 02013年)には、現在を1万年単位で捉える姿勢が表れている。著書『The Clock of the Long Now』で彼は「私はますます、大きな〈ここ〉と長い〈いま〉の中で生きたいと思うようになっている」と記している(この一節はブライアン・イーノに由来する)[8]

代表的な思想的枠組みが「ペース・レイヤリング(Pace Layering)」である。ブランド本人の論文「Pace Layering: How Complex Systems Learn and Keep Learning」(Journal of Design and ScienceMIT Press、2018年)によれば、頑健で適応力のある文明は6つの速度の層からなり、ペース・レイヤーはシステム全体に多層的で安定化的なフィードバックを与え、層のあいだの矛盾の中にこそ文明の最も確かな健全さがあるという。文明を「ファッション、商業、インフラ、統治、文化、自然」の6層に分け、速い層が革新を、遅い層が安定を担う。この概念は生態系の階層理論やイギリスの建築家フランク・ダフィー英語版の研究に根ざし、もともと1999年の『The Clock of the Long Now』の一章だった。エンタープライズ・アーキテクチャや組織論にも応用されている[9]

エコプラグマティズムとエコモダニズム

後年のブランドは、従来の環境保護運動と一線を画す「エコプラグマティズム(環境プラグマティズム)」を打ち出した。2009年の著書『Whole Earth Discipline: An Ecopragmatist Manifesto』(邦題『地球の論点』)では、地球と人類が気候変動都市化バイオテクノロジーという3つの変容に突き動かされていると論じ、序文で、環境保護主義者が受け入れる必要がある4つの道具として都市化・原子力発電・バイオテクノロジー・ジオエンジニアリングを挙げた。背景には、かつての反原発の立場を見直した自身の転換があった[10]

2015年4月には、ブランドを含む18人のエコモダニストが『An Ecomodernist Manifesto』を発表した。これは、人類がテクノロジーを通じて自然から「デカップリング(切り離し)」を進め、地球のより多くの部分を野生生物に残せると主張し、次世代太陽光、先進的核分裂核融合を有望な道筋とした。署名者にはテッド・ノードハウス英語版マイケル・シェレンバーガーデヴィッド・キース英語版らが名を連ねた。この立場は論争を呼び、脱成長派の生態経済学者18人は「A Degrowth Response to an Ecomodernist Manifesto」で、絶対的デカップリングは現実には起きておらず原子力やCCSは成果に乏しいと反論した。ブルーノ・ラトゥールはマニフェストの称揚する「近代性」を神話と論じ、一方ジョナサン・サイモンズはこれを社会民主主義的な「第三の道」と位置づける擁護論を展開した[要出典]

絶滅種の復活(脱絶滅)

近年のブランドの関心は、バイオテクノロジーを用いた生物多様性の回復に向けられている。2012年に妻ライアン・フェランと共同設立したリバイブ・アンド・レストア英語版は、絶滅危惧種・絶滅種の「遺伝的救済」を通じて生物多様性を高めることを使命とする。活動は、絶滅危惧種に多様な形質を与える「遺伝的救済」と、絶滅種を再生する「脱絶滅(de-extinction)」の二本柱からなる[要出典]

脱絶滅という概念が広く知られた契機は、2013年1月のブランドのTEDトーク「The Dawn of De-Extinction」と、同年3月にナショナルジオグラフィック協会本部で開かれたTEDxDeExtinctionだった。技術的には、絶滅種の最も近い現生近縁種(リョコウバトならオビオバト、マンモスならアジアゾウ)のゲノムを編集する手法がとられる。創設時の主要事業にはリョコウバトとヒースヘンの脱絶滅、ケナガマンモスの復活があったが、マンモス事業は2021年にジョージ・チャーチへ委ねられ、現在はコロッサル・バイオサイエンシズ英語版社が管理している。この試みは倫理的論争を呼び、Yale Environment 360の誌上討論では、ブランドの恩師でもある生物学者ポール・R・エーリックが、その発想は誤って構想され道徳的に誤っていると反論した。ブランドと脱絶滅の歩みは2020年のドキュメンタリー『We Are As Gods』にもなっている[11][12]

メンテナンス論

晩年のブランドが取り組む主題が「メンテナンス(維持・修理)」である。2026年にStripe Pressから刊行された『Maintenance: Of Everything, Part One』は、メンテナンスを主題とした初の本格的探究で、複数巻シリーズの第1巻。「メンテナンスは絶対に必要であると同時に任意(後回しにできる)である」という逆説を核に、「メンテナンス」という語を「何かを動かし続ける壮大なプロセス全体」へ拡張することを提案する。物語は1968年の単独無寄港世界一周ヨットレース「ゴールデン・グローブ・レース英語版」から始まり、車両整備、製造の精密さ、マニュアル、軍のサステインメント、腐食との闘いへと展開する。ブランドは、何かを維持する責任を引き受けることが「ラディカルな行為になりうる」と説く[13]

本書には賛否がある。マット・リドリーやケビン・ケリーは高く評価した一方、散漫さを指摘する書評も多い。最も体系的な批判は、メンテナンス研究のネットワーク「The Maintainers」共同創設者でバージニア工科大学准教授のリー・ヴィンセル(Lee Vinsel)によるもので、MITテクノロジーレビューに寄稿した。ヴィンセルは、メンテナーが称賛を得ていないという問題意識自体は正しいとしつつ、「速く動いて破壊せよ」がメンテナンスを損なうという論点にブランドが触れない点を批判し、ブランドのメンテナンス像が、共有された世界を改善することよりも個人的充足に関わる孤独なものに感じられると指摘した[14]

著作

関連項目

参考文献

出典

外部リンク

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