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ステファン・エドベリ

スウェーデンの元プロテニス選手 From Wikipedia, the free encyclopedia

ステファン・エドベリ(Stefan Edberg スウェーデン語発音: [ˈsteːfan ˈeːd.ˈbɛrj], 1966年1月19日 - )は、スウェーデンのヴェステルビーク出身の元男子プロテニス選手。日本では、新聞・ラジオが現地のスウェーデン語読みに近い「エドベリ」となっているが、テニス専門誌・テレビは英語読みの「エドバーグ」となっている[1]。端正な容姿から「グラスの貴公子」と呼ばれた。

フルネーム Stefan Bengt Edberg
概要 ステファン・エドベリStefan Edberg, 基本情報 ...
ステファン・エドベリ
Stefan Edberg
2012年のエドベリ
基本情報
フルネーム Stefan Bengt Edberg
国籍  スウェーデン
出身地 カルマル県ヴェステルビーク
居住地 イングランドの旗 イングランド・ロンドン
生年月日 (1966-01-19) 1966年1月19日(60歳)
身長 188cm
体重 77kg
利き手 右
バックハンド 片手打ち
デビュー年 1983年
引退年 1996年
生涯獲得賞金 $20,630,941
殿堂入り 2004年
ツアー経歴・シングルス
ツアー通算 41勝
自己最高ランキング 1位(1990年8月13日)
生涯通算成績 801勝270敗
グランドスラム最高成績・シングルス
全豪オープン 優勝(1985・87)
全仏オープン 準優勝(1989)
ウィンブルドン 優勝(1988・90)
全米オープン 優勝(1991・92)
ツアー経歴・ダブルス
ツアー通算 18勝
自己最高ランキング 1位(1986年6月9日)
生涯通算成績 283勝153敗
グランドスラム最高成績・ダブルス
全豪オープン 優勝(1987・96)
全仏オープン 準優勝(1986)
ウィンブルドン ベスト4(1987)
全米オープン 優勝(1987)
国別対抗戦最高成績
デビス杯 優勝(1984・85・87・94)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
銅1988 ソウルシングルス
銅1988 ソウルダブルス
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エドベリは、ビョルン・ボルグやマッツ・ビランデルのような、グラウンド・ストロークを武器にトップに躍り出る選手を多く輩出してきたスウェーデンにおいては異例のサーブ・アンド・ボレーで世界の頂点に立った。エドベリはATPツアーでシングルス41勝、ダブルス18勝を挙げ、シングルス・ダブルスとも世界1位になった数少ない選手のひとりに数えられる。特に片手打ちバックハンドを得意とした。身長188cm、体重77kg、右利き。

来歴

エドベリは1983年度の4大大会男子ジュニアシングルス部門をすべて制し、ジュニア選手として初めて「年間グランドスラム」を達成した。この記録を残したのは2012年現在、男女ジュニア含めてエドベリただ一人である(キャリアグランドスラムまで対象を広げても達成者は居ない)。同年にプロ転向。18歳の時に、1984年ロサンゼルス五輪の「公開競技」で優勝を果たした。これは、テニスがオリンピック種目に復活する前に21歳以下の選手を対象として行われたものである(同競技の女子では15歳のシュテフィ・グラフが優勝した)。1985年の全豪オープンで同じスウェーデンのマッツ・ビランデルを決勝で破り、4大大会初優勝を達成。1987年の全豪オープン決勝では地元オーストラリアのパット・キャッシュを破り、大会2連覇を果たす[2]。

1988年のウィンブルドンにて、決勝でボリス・ベッカーを破って初優勝を達成。この決勝戦は試合途中の降雨のため、大会最終日の日曜日に終わらず、翌日の月曜日までもつれる異例の展開だった。この年は同国のマッツ・ビランデルがウィンブルドン以外の4大大会3冠を獲得したため、事実上スウェーデン勢が男子の4大大会シングルス・タイトルを独占したことになる。エドベリとベッカーの二人は、1988年 - 1990年の3年連続でウィンブルドン決勝を戦った。1989年はベッカーが勝利を収めている。

1988年のソウル五輪から、テニスはオリンピック競技として正式に復活する。エドベリはソウル五輪にも出場したが、男子シングルスでは準決勝で“スウェーデン・キラー”と呼ばれたミロスラフ・メチージュ(チェコスロバキア代表)に敗れ、アンダース・ヤリードと組んだ男子ダブルスでも準決勝で敗退した。このソウル五輪では、準決勝敗退選手2名(ダブルスは2組)による「銅メダル決定戦」は行わず、両方に銅メダルが授与された。

エドベリは全米オープンでも、1991年と1992年に大会2連覇を達成している。最後の4大大会優勝となった1992年全米オープン決勝では、後に4大大会優勝の男子歴代1位記録保持者となったピート・サンプラスに快勝した。サンプラスは4大大会決勝で14勝4敗の高勝率(78%)を残したが、数少ない準優勝の1つがエドベリ戦の敗北だった。

エドベリは全豪オープン・ウィンブルドン・全米オープンの男子シングルスに2度ずつ優勝を飾った。全仏オープンのみ優勝できず、1989年の大会で当時17歳のマイケル・チャンに敗れた準優勝が自己最高成績である。またエドベリはダブルスの分野でも、1987年に同じスウェーデンのアンダース・ヤリードと組んで全豪オープン・全米オープンの男子ダブルス年間2冠を獲得した。現役最後の年となった1996年には、全豪オープン男子ダブルスでペトル・コルダ(チェコ)と組んで9年ぶり2度目の優勝を挙げた。これでエドベリの4大大会優勝は、男子シングルス6勝・男子ダブルス3勝となった。エドベリは1996年に30歳で現役を引退し、2004年7月11日に国際テニス殿堂入りを果たした。

エドベリはそのフェアプレーぶりでも有名で、1988年・1989年・1990年・1992年・1995年の5回にわたりATPのスポーツマンシップ賞を受賞している。そのエドベリの功績を称え、ATPのスポーツマンシップ賞が、1996年に“Stefan Edberg Sportsmanship Award”と名づけられた。

また2008年からはアウトバック・チャンピオンズ・シリーズ、ブラックロック・マスターズ・テニス等のシニアツアーへの参戦を開始、世界各地で往年の名選手達と試合を行い、ファンを湧かせている。そして2014年から2015年まで、ロジャー・フェデラーのコーチを務めた。

4大大会優勝

(全仏オープン準優勝1度:1989年)

4大大会成績

略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

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シングルス198219831984198519861987198819891990199119921993199419951996WRW–LWin %
全豪オープン A 2R QF W NH W SF QF F SF F F SF 4R 2R 2 / 13 56–10 84.85
全仏オープン A A 2R QF 2R 2R 4R F 1R QF 3R QF 1R 2R 4R 0 / 13 30–13 69.77
ウィンブルドン A 2R 2R 4R 3R SF W F W SF QF SF 2R 2R 2R 2 / 14 49–12 80.33
全米オープン A 1R 2R 4R SF SF 4R 4R 1R W W 2R 3R 3R QF 2 / 14 43–12 78.18
Win–Loss 0–0 1–3 6–4 16–3 8–3 17–3 18–3 19–3 13–3 21–3 19–3 16–4 8–4 7–4 9–4 6 / 54 178–47 79.11
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ダブルス198219831984198519861987198819891990199119921993199419951996WRW–L
全豪オープン A 1R 2R 1R NH W A QF QF 1R 1R 3R 3R A W 2 / 11 20–8
全仏オープン A A QF SF F A A A A A A SF A A 3R 0 / 5 18–5
ウィンブルドン A 1R 3R 3R 1R SF A A A A A A A A A 0 / 5 8–5
全米オープン A 3R F 2R 2R W A A A A A A A 1R A 1 / 6 15–5
Win–Loss 0–0 2–3 11–4 7–4 6–3 13–1 0–0 2–1 2–1 0–1 0–1 6–1 2–1 0–1 8–1 3 / 27 59–23
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出演

CM

脚注

外部リンク

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