ステファン・バックランド

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ラテン文字 Stéphan Buckland
種目 100m, 200m
ステファン・バックランド Portal:陸上競技
選手情報
ラテン文字 Stéphan Buckland
国籍 モーリシャスの旗 モーリシャス
競技 陸上競技短距離走
種目 100m, 200m
生年月日 (1977-01-12) 1977年1月12日(48歳)
生誕地 モーリシャスの旗 プレーン・ウィルヘルム県フロレアル英語版
身長 178cm
体重 70kg
引退 2010年
成績
オリンピック 100m:2次予選4組4着(2000年
200m:6位(2004年
4x100mR:予選3組5着(2000年)
世界選手権 100m:2次予選3組7着(1999年
200m:5位(2003年, 2005年
4x100mR:準決勝2組7着(2001年
地域大会決勝 コモンウェルスゲームズ
200m:2位(2006年
4x100mR:4位(2006年)
最高世界ランク 200m8位(2003年)
自己ベスト
60m 6秒72(2004年)
100m 10秒13(2001年, 2002年)モーリシャス記録
200m 20秒06(2003年)モーリシャス記録
獲得メダル
陸上競技
モーリシャスの旗 モーリシャス
ワールドアスレチックファイナル
2008 シュトゥットガルト200m
2003 モナコ200m
2004 モナコ200m
コモンウェルスゲームズ
2006 メルボルン200m
アフリカ選手権
2000 アルジェ100m
2000 アルジェ4x100mR
2006 バンブース200m
2008 アディスアベバ200m
フランス語圏競技大会
2001 オタワ100m
2001 オタワ200m
2001 オタワ4x100mR
2009 ベイルート4x100mR
2009 ベイルート200m
インド洋諸島ゲームズ
1998 サン=ドニ4x100mR
2003 モカ100m
2003 モカ4x100mR
2003 モカ200m
1998 サン=ドニ100m
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ステファン・バックランドStéphan Buckland1977年1月12日 ‐ )は、モーリシャスフロレアル英語版出身で短距離走を専門にしていた元陸上競技選手。100mで10秒13、200mで20秒06の自己ベスト持つ、両種目のモーリシャス記録保持者。

インド洋に浮かぶ小国モーリシャスが生んだ世界レベルのスプリンター。2003年に200mでアフリカ歴代3位(当時)の20秒06をマーク[注 1]世界選手権オリンピックの200mではメダル獲得こそないものの、2004年アテネオリンピックで6位、2001年エドモントン世界選手権で6位、2003年パリ世界選手権2005年ヘルシンキ世界選手権で5位の実績を持つ。年間王者決定戦であるワールドアスレチックファイナルの200mには2006年と2007年を除く全ての大会に出場し、2008年シュトゥットガルト大会では優勝して自身初のビッグタイトルを獲得した。

2000年

9月のシドニーオリンピックに出場すると、男子100mは2次予選で10秒26(+0.8)の組4着に終わり、準決勝に進出できる組3着とは0秒01差で敗退[1]。男子200mでは準決勝まで進出したが、決勝に進出できる組4着までには入れず、20秒56(-1.1)の組6着で敗退した[2]

2001年

7月のフランス語圏競技大会には男子100mと200mと4×100mリレーの3冠を達成した。100mでは決勝で10秒13(+0.7)のモーリシャス記録を樹立し、2年前の1999年セビリア世界選手権の100mで銀メダルを獲得しているブルニー・スリン(10秒18)を破っての優勝を成し遂げた。8月のエドモントン世界選手権では男子200mの2次予選を20秒23(+1.2)のモーリシャス記録(当時)で突破。準決勝でも20秒15(+1.0)のモーリシャス記録(当時)を樹立して決勝に進出したが、2位と7位が0秒05差という大混戦となった決勝は20秒24(+0.1)の6位に終わり、2位・3位とは0秒04差でメダルを逃した[3]。アンカーを務めた男子4×100mリレーは予選を38秒99のモーリシャス記録で突破したが、準決勝は39秒25の組7着で敗退した[4]

2003年

8月にパリ世界選手権男子200mに出場すると、1次予選を全体2位の20秒38(+0.7)で突破。2次予選ではアフリカ歴代3位(当時)およびモーリシャス記録の20秒06(+0.7)を樹立して全体1位で突破。準決勝は2次予選のタイムに迫る20秒11(+0.6)をマークして全体2位で2大会連続となる決勝に進出したが、決勝では今大会で1番悪いタイムの20秒41(+0.1)をマークし、3位とは0秒03差の5位でメダルを逃した[5]。9月14日に年間王者決定戦であるワールドアスレチックファイナル男子200mに出場すると、ジョシュア・ジョンソン(20秒35)、ショーン・クロフォード(20秒37)に次ぐ20秒44(+0.1)の3位に入った[6]

2004年

8月にアテネオリンピック男子200mに出場すると、1次予選を全体1位の20秒29(+1.5)、2次予選を全体8位の20秒36(+0.1)、準決勝を全体5位の20秒37(+0.2)でそれぞれ突破。オリンピックで初の決勝に進出し、決勝では今大会で1番のタイムとなる20秒24(+1.2)をマークするも6位に終わった[7]。9月19日のワールドアスレチックファイナル男子200mに2大会連続の出場を果たすと、アサファ・パウエル(20秒06)、フランク・フレデリクス(20秒31)に次ぐ20秒41(+0.7)の3位に入った[8]

2005年

8月にヘルシンキ世界選手権男子200mに出場すると、3大会連続となる決勝に進出するも20秒41(-0.5)の5位に終わり、3位とは0秒10差でメダルを逃した[9]

2006年

3月にコモンウェルスゲームズに出場すると、男子200mでは初めて決勝に進出。決勝は20秒47(+0.5)をマークしたオマー・ブラウンと同タイム着差ありの2着に敗れ、ビッグタイトルをわずかな差で逃した。

2008年

8月の北京オリンピックではモーリシャス選手団の旗手を務めた。出場した男子200mでは準決勝で20秒48(+0.1)の組6着に終わり、2大会連続の決勝進出はならなかった[10]。9月14日のワールドアスレチックファイナル男子200mに4度目の出場を果たすと、20秒57(-0.1)をマークし、ポール・ヘッション英語版(20秒58)、ブレンダン・クリスチャン(20秒61)らを破り、31歳にして初のビッグタイトルを獲得した[11]

2010年

8月の引退レースをもって現役を引退した[12]

自己ベスト

記録欄の( )内の数字は風速m/s)で、+は追い風を意味する。

種目 記録 年月日 場所 備考
屋外
100m 10秒13 (+0.7)
10秒13 (-1.3)
2001年7月21日
2002年4月21日
カナダの旗 オタワ
モーリシャスの旗 レデュイ
モーリシャス記録
150m 15秒77 2008年1月19日 モーリシャスの旗 レデュイ
200m 20秒06 (+0.7) 2003年8月27日 フランスの旗 パリ モーリシャス記録
室内
60m 6秒72 2004年3月5日 ハンガリーの旗 ブダペスト

主要大会成績

脚注

外部リンク

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