セニョールベスト
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| セニョールベスト | |
|---|---|
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高知競馬場のパドックにて(2014年) | |
| 現役期間 | 2001年 - 2014年 |
| 欧字表記 | Senor Best |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡 |
| 毛色 | 栗毛 |
| 生誕 | 1999年4月13日 |
| 死没 | 2014年10月12日(15歳没) |
| 抹消日 | 2014年9月26日[1] |
| 父 | ロドリゴデトリアーノ |
| 母 | ムゲンパワー |
| 母の父 | トライマイベスト |
| 生国 |
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| 生産者 | 中川哲也 |
| 馬主 | 勝賀瀬和男 |
| 調教師 |
稲葉道行(浦和)[2] → 渡部茂夫(船橋)[2] → 野島三喜雄(名古屋)[2] → 平和人(高知)[2] → 松木啓助(同)[2] → 田中伸一(同)[2] → 宗石大(同)[2] |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 409戦32勝[3] |
| 獲得賞金 | 802万1000円[3] |
セニョールベスト(欧字名:Senor Best、1999年4月13日 - 2014年10月12日)は、日本の競走馬である[4]。2012年に日本の競馬におけるサラブレッドの平地競走の最多出走記録を更新し[5][6][注 1]、通算409戦という記録を残した[4]。
2000年の北海道セールで588万円で取引が行われた[11]。2001年7月19日に浦和競馬場の2歳新馬戦でデビューするも5着に終わる[11]。その後も未勝利が続き2002年夏には名古屋競馬場へ拠点を移し、2002年9月にようやく初勝利を挙げた[11]。
2003年6月に拠点を高知競馬場へ移したのち、2012年2月には出走回数が通算300戦に達し、ダイナブロスが持っていた日本の競馬における平地の最多出走回数記録に並んだ[12]。2月11日に最多出走記録を更新した[5][6]。
その後もセニョールベストは競走生活を続け、2012年11月には1年6か月ぶりの勝利を記録し、その走破距離は454kmに達した[13]。2014年7月6日のレースではセニョールベストの出走回数が400回に達した[14]。
2014年9月21日の競走(8頭中8着)を終えたのち、セニョールベストが脚をかばって歩くような仕草をみせたことから、管理調教師であった宗石大はセニョールベストの引退を決断する[15]。9月26日付けで競走馬登録が抹消され、引退後は土佐清水市のあしずりダディー牧場で余生を送っていたが[15]、引退からほどなくして2014年10月12日、腸捻転により急死した[16][8]。
通算出走回数409戦は2020年1月時点においても[要出典]日本の平地競走、あるいは日本のサラブレッドにおける最多出走記録であり[注 1]、2位のミヤマリージェント(329戦)とは同年生まれである。