セントラルフェリー

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本社所在地 日本の旗 日本
兵庫県神戸市葺合区浜辺通5-2-1 神戸商工貿易センタービル[1]
設立 1969年6月10日[1]
セントラルフェリー株式会社
Central Ferry Co.,Ltd
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
兵庫県神戸市葺合区浜辺通5-2-1 神戸商工貿易センタービル[1]
設立 1969年6月10日[1]
業種 海運業
代表者 代表取締役社長 井植祐郎[1]
資本金 20億円[1]
主要株主 淡路フェリーボート
三洋電機
住友銀行
日本郵船[1]
特記事項:1972年時点のデータ[1]
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セントラルフェリー株式会社(英:Central Ferry Co.,Ltd)は、かつて日本に存在した海運会社。三洋電機創業者の井植歳男が没前に設立したことで知られている[2]

関東と関西を結ぶカーフェリー航路を運営する会社として誕生したが、高速道路等との競合から運航初年度の1971年より利用者数が伸び悩み、造船費の高騰対策として一気に5隻も建造するという高コスト体質のつけも影響し、1972年2月には2隻運航体制にして減便、そして同年11月には運航休止して後に会社は解散となった。

  • 1968年11月 - 淡路フェリーボートが東京-神戸航路の免許を取得[3]
  • 1969年
    • 6月 - 京浜阪神フェリー株式会社設立、淡路フェリーボートを母体に三洋電機や住友銀行・住友生命など関西系企業二十五社が出資[4]
    • 12月 - 淡路フェリーボートが京浜阪神フェリーに東京-神戸航路の免許を譲渡[3]
  • 1970年1月 - セントラルフェリー株式会社に社名変更[3]
  • 1971年
    • 4月14日 - 川崎 - 神戸航路の運航を開始、「第一セントラル」就航
    • 6月 - 「第二セントラル」就航、6月1日より川崎~神戸航路を毎日運航に変更
    • 7月 - 「第三セントラル」就航、7月29日より川崎 - 大阪航路の運航を開始
    • 9月 - 「第五セントラル」就航
    • 10月 - 川崎~大阪航路を毎日運航に変更
    • 11月 - 「第六セントラル」就航
  • 1972年
    • 2月16日 - 川崎 - 神戸・大阪両航路を隔日運航に減便、「第二セントラル」「第三セントラル」「第五セントラル」係船[5]
    • 1972年11月 - 運航休止(後に廃止)、「第一セントラル」「第六セントラル」係船

航路

所有していた船舶

脚注

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