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川崎港

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国 日本の旗 日本
所在地 神奈川県川崎市
開港 1926年(大正15年)11月1日
川崎港
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川崎港の位置(関東地方内)
川崎港
川崎港
関東地方における位置
所在地
国 日本の旗 日本
所在地 神奈川県川崎市
詳細
開港 1926年(大正15年)11月1日
種類 国際戦略港湾
水域面積 3,298ha
陸域面積 2,053ha
統計
統計年度 2022年度
取扱貨物量 6,852万トン

川崎港(かわさきこう)は、神奈川県川崎市の東京湾岸にある港湾。港湾管理者は川崎市。

港湾区域水面は、3,298haである。

港湾法上の国際戦略港湾に指定されている。港則法・関税法上は東京港・横浜港と合わせて京浜港と見なされ、京浜港川崎区となる[1]。

取扱貨物量では国内第11位(6,320万トン、2023年度[2])、貿易額では国内8位(4兆3753億円、令和5年度)の規模。

川崎港は東京湾に面し、北に東京港、南に横浜港の二大商港に挟まれ、京浜工業地帯の中心部に位置する工業港である。川崎市の7つの行政区のうち東京湾に面するのは川崎区のみで、臨港地区も川崎区のみに展開する。周辺は東京湾岸道路や東京湾横断道路などの広域交通網が整備されており、東京国際空港(羽田空港)にも近い。

明治末期から埋め立てが始まり、1926年(大正15年)に開港。以来、京浜工業地帯の主要産業である鉄鋼、石油精製、石油化学、電気機器、金属、食品等の日本有数の産業を背域産業に持つ工業港として発展してきた。

1951年(昭和26年)に特定重要港湾に指定され、工業機能に商業機能も兼ね備える総合的な国際貿易港であるとともに、国内各港と結ばれる多様な内貿貨物を取り扱う国内輸送拠点となった。

1998年(平成10年)には、東扇島地区にかわさきファズ物流センター(K-FAZ)が稼働し、かわさき港コンテナターミナル(KCT)とともに商業港としての発展も図られている。なおKCTを運営していた第三セクターは取扱貨物量の低迷で経営不振に陥り2004年に破産。現在は市直営の公共コンテナ埠頭として管理運営されている。

コンテナターミナルの運営体制混乱により一部船社が利用を敬遠したこともあって外貿コンテナ取扱個数は一時2万TEU台まで落ち込んだ。その後貨物量は若干持ち直し、2006年の外貿コンテナ取扱個数(速報値)は35,147TEU(05年比1.9%増)。しかし年20万-30万TEU程度は扱える施設規模を勘案すると、コンテナ取扱量は国内20位以下と、いまだに取扱個数は低迷を脱しておらず、国内1、2位のコンテナポートとして活況を呈している近隣の東京港、横浜港と比べてもその閑散ぶりは際立っている。

その一方で、東京湾岸道路で京浜両港と直結されている利便性から、東扇島地区には国内有数の冷凍・冷蔵倉庫群が立地しているほか、FAZ施設に近接した総合物流拠点用地も近年開発が活発化している。こうした保管・流通機能施設の充実を踏まえ、隣接したコンテナ埠頭を今後どのように活性化し、利用促進していくかが同港にとっての最重要課題のひとつである。港一帯は2017年(平成29年)10月7日にみなとオアシスの登録をし、川崎マリエンを代表施設にみなとオアシス川崎として川崎港の観光及び地域振興のさらなる推進を図るため、交流機能や情報発信力を高め、川崎港の振興と観光都市として魅力あるまちづくりを図っている[3]。さらに近年は、首都圏直下型地震や南関東大地震などの大規模災害に備える防災拠点としての役割も果たすべく、基幹的広域防災拠点(東扇島東公園)が整備された。

港勢

川崎港のランドサット画像
  • 入港船舶(令和6年)
    • 隻数 15,460隻(外航船:1,918隻、内航船:13,542隻)
    • 総トン数 6,834万総トン(外航船:4,767万総トン、内航船:2,067万総トン)
  • 海上出入貨物(令和6年)
    • 取扱貨物量 55,037千トン(外貿:31,053千トン、内貿:23,984千トン)
    • 輸出 4,407千トン
    • 主要な輸出産品の内訳は、完成自動車157万トン、金属くず97万トン、化学薬品70万トン
    • 輸入 26,645千トン
    • 主要な輸入産品の内訳は、LNG998万トン、原油614万トン、石炭338万トン
  • 貿易額(令和6年)
    • 輸出 1兆2,692億44百万円
    • 輸入 2兆8,741億61百万円
    • 合計 4兆1,434億5百万円

歴史

  • 1759年(宝暦9年) 池上幸豊の池上新田開発が竣工
  • 1912年(明治45年)3月 浅野総一郎、安田善次郎、渋沢栄一とともに、鶴見埋立組合(現 東亜建設工業)を結成設立。明治末期に開始された浅野総一郎の護岸埋立が、川崎における臨海工業用地造成の先駆けとなる
  • 1926年(大正15年)11月1日 開港。以来、京浜工業地帯の主要産業である鉄鋼、石油精製、石油化学、電気機器、金属、食品等の日本有数の産業を背域産業に持つ工業港として発展
  • 1935年(昭和10年)4月 横浜税関川崎出張所(現・横浜税関川崎税関支署)を設置
  • 1937年(昭和12年)5月 県営埋立免許許可
  • 1945年(昭和20年)8月 第2次世界大戦が終結。政府は横浜港には適当な荷揚場がなかったため、昭和22年千鳥町にその荷揚場を建設することに決定。これが川崎港における公共ふ頭施設の始まりである
  • 1947年(昭和22年)4月 千鳥町が輸入燐鉱石の陸揚場として指定
  • 1947年(昭和22年)11月 川崎港湾諸施設の運営管理並びに施設築造工事施工のため復興部土木課管轄の川崎市臨時港湾事務所が設置
  • 1950年(昭和25年)5月 港湾法制定
  • 1951年(昭和26年)6月 港湾法第33条によって川崎市が港湾管理者となり、港湾の開発・管理運営に関する業務権限を取得し、川崎港が誕生
  • 1951年(昭和26年)9月 特定重要港湾に指定
  • 1955年(昭和30年) 川崎港として貿易統計の計上を開始する
  • 1963年(昭和38年)4月 川崎航路が開設
  • 1964年(昭和39年)2月 県営の川崎臨海工業地帯造成事業が竣功
  • 1971年(昭和46年)3月 日本カーフェリー㈱、川崎-宮崎間にフェリーが就航
  • 1975年(昭和50年)8月 日本鋼管㈱扇島埋立工事川崎市域分が竣功
  • 1979年(昭和54年)10月 川崎港海底トンネルが開通
  • 1989年(平成元年)7月 横浜税関川崎税関支署東扇島出張所を設置
  • 1990年(平成2年) 東扇島の埋め立てが完了
  • 1992年(平成4年)3月 川崎市港湾振興会館が開館
  • 1994年(平成6年)5月 「かわさき港コンテナターミナル株式会社」が設立
  • 1998年(平成10年)3月 「かわさきファズ物流センター(K-FAZ)」が設立
  • 1996年(平成8年)4月 川崎コンテナ1号岸壁が供用開始
  • 2003年(平成15年)4月 川崎港が総合静脈物流拠点港(リサイクルポート)に指定
  • 2008年(平成20年)3月 川崎港、東京港、横浜港三港での広域連携強化に係る基本合意書を締結
  • 2008年(平成20年)4月 東扇島東公園が開園。約50年ぶりに砂浜が復活
  • 2010年(平成22年)8月 京浜港(東京港・横浜港・川崎港)が国際コンテナ戦略港湾に選定
  • 2011年(平成23年)3月 港湾法改正により京浜港が国際戦略港湾として位置づけ
  • 2016年(平成28年)1月 横浜川崎港湾株式会社(YKIP)設立

脚注

関連項目

外部リンク

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