ソニックの創業者・トロイ・N・スミスは、第二次世界大戦後 にオクラホマ州 で牛乳やパンの配達やダイナー 経営をしていた。その後、ショーニー で「トロイズ・パン・フル・オブ・チキン」というファストフード店を開店した。1953年、スミスはビジネスパートナーと「トップハット」というビールスタンドとステーキレストランを開店した。レストランよりもスタンドのビールとファストフードの売り上げの方が高いことから、スタンドの方に集中し、後にビジネスパートナーを買収した[ 10] 。
ルイジアナ州 でドライブインを見たスミスは、トップハットをドライブイン形式に改造し、売り上げはすぐに3倍になった。実業家のチャールズ・パッペはその様子に感銘を受け、1956年にパッペとスミスはフランチャイズ契約を結び、ウッドワードに最初のフランチャイズ店が開店した。1958年には、イーニドとスティルウォーター にもドライブインが開店した。「トップハット」がすでに商標登録されていることを知ったスミスとパッペは、1959年に「ソニック」に社名を変更した[ 10] 。パップが死去した1967年にはドライブインの数は41軒に増えていた[ 11] 。
ソニックの店舗は1972年に165軒に増えた。1973年から1978年にかけて、800店以上の新しい店舗が開店し、1978年にはドライブインの数は1,000軒になった。1970年代には一時期、2年間、毎日1軒以上の新しいソニック・ドライブインが開店していたほどの急激な拡大を進めていた。しかし、1973年のオイルショック によるインフレ率の上昇とガソリン価格の高騰は、ソニックのドライブイン事業を圧迫した。これに加え、有能なマネージャーが不足していたことから、1970年代半ばになると、多くのレストランが倒産することになった。500万ドルの予算で広告キャンペーンを行ったが、1980年には30万ドル近い純損失を計上した。1981年までには300店舗が閉店することになった[ 11] 。
1980年代は、取締役のほとんどが退社し、ケンタッキーフライドチキン やセンチュリー21 で活躍したC・スティーブン・リンがソニックを率いることになった。リンは、1960年代の姿のまま営業を続けていたレストランを改造し、フランチャイズの統一を図った。1986年には、約1,000万ドルでレバレッジド・バイアウト を実施し、ソニックを非公開化した。リンは、チェーン全体の協力体制を強化し、1987年には再び1,000店舗目を達成した[ 11] 。
1993年、ソニックの市場価値は2億ドルと推定され、全米第5位のハンバーガーチェーンとなり、ドライブインチェーンでは1位となった。1990年代半ば、ソニックは年間100〜150店舗を新規に出店していた[ 11] 。
オクラホマシティーにあるソニック・ドライブインのネオンサイン
1998年、ソニックは1950年代のドライブインのブランドイメージを更新し、新しいレトロフューチャー なデザインに全1,750店舗を改造した。改造後、ファーストフード店の顧客来店頻度でマクドナルド をも超える1位となった[ 11] 。
2018年、アービーズ やバッファロー・ワイルド・ウィングス を所有するインスパイア・ブランズは、ソニックを23億ドルで買収した[ 12] [ 13] 。