ソングス・フォー・ドレラ

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『ソングス・フォー・ドレラ』
ルー・リードジョン・ケイルスタジオ・アルバム
リリース
ジャンル ロック
時間
レーベル サイアー・レコード
プロデュース ルー・リード、ジョン・ケイル
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 18位(スイス)[1]
  • 22位(イギリス)[2]
  • 28位(オーストリア)[3]
  • 42位(ニュージーランド)[4]
  • 43位(スウェーデン)[5]
  • 103位(アメリカ)[6]
ルー・リード 年表
NEW YORK
(1989年)
ソングス・フォー・ドレラ
(1990年)
マジック・アンド・ロス
(1992年)
ジョン・ケイル 年表
ワーズ・フォー・ザ・ダイング
(1989年)
ソングス・フォー・ドレラ
(1990年)
ロング・ウェイ・アップ
(withブライアン・イーノ)
(1990年)
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ソングス・フォー・ドレラ』(Songs for Drella)は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの元メンバーであるルー・リードジョン・ケイルが、1990年に連名で発表したアルバム。アルバム発表の前後に開催された同内容のコンサートのタイトルでもあり、同コンサートを記録した映画作品のタイトルでもある。

1987年に死去したアンディ・ウォーホルに捧げられた作品。アルバム・タイトルに登場する「ドレラ」とは、ウォーホルのニックネームで、ドラキュラ伯爵シンデレラを合わせた造語である[7]。ケイルは、1968年にリードとの対立からヴェルヴェット・アンダーグラウンドを脱退しており、リードとケイルが共同でレコーディングを行うのは、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのセカンド・アルバム『ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート』(1968年)以来、21年ぶりのことであった[8]。ただし、レコーディングに限らなければ、1972年にニコ、リード、ケイルの3人で行ったパリのバタクラン劇場での公演などがあり、共演がなかったわけではない。

リードとケイルの2人は、1989年1月にはアルバム発表に先駆けて、ブルックリン区の教会で「ソングス・フォー・ドレラ」と題されたコンサートを行う[7]。そして、同年の11月から12月にかけても、ブルックリンのアカデミー・オブ・ミュージックで同様のコンサートを行い、12月3日のアンコールでは、モーリン・タッカーがゲスト参加した[7]。また、アルバム発表後に行われたリードの日本ツアーでは、最終日のみケイルも参加して、本作がライヴで再現された。

収録曲「ノーバディ・バット・ユー」は、アメリカ『ビルボード』誌のモダン・ロック・チャートで13位に達した[6]

収録曲

参加ミュージシャン

脚注

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