タコ・リバティ・ベル
From Wikipedia, the free encyclopedia
1996年4月1日、タコベルはアメリカの新聞各紙に全面広告を出し[4]、政府の債務削減に協力するため、タコベルが自由の鐘(リバティ・ベル)を購入、「タコ・リバティ・ベル」に改名する、と発表した。広告に加えてタコベルはプレスリリースを出し、従来使用してきたロゴマークも自由の鐘を用いたものに置き換える、と述べた。タコベルは正午に追加でプレスリリースを出し、一連の発表が冗談であることが明らかになったが、それまでの間、大量の抗議が殺到した。ホワイトハウス報道官のマイク・マカリーはこの件について、「連邦政府は同様の施策を推進していく。リンカーン記念館もフォード・モーターに売却され、リンカーン・マーキュリー記念館と改名される予定だ。」(「リンカーン」「マーキュリー」はともにフォードの車種名)と述べた[5]。
なお自由の鐘は連邦政府ではなくフィラデルフィア市の管轄であるため、実際には連邦政府が鐘を売却することはありえない[3]。
背景
タコベルは当時、事件の前年に導入した低脂肪メニュー「Border Lights」の失敗により業績不振が続いていた。経営陣は対策としてメニューの組み換えに加え、"Nothing Ordinary About It"と題した大規模な広告キャンペーンを展開し、企業イメージの回復を図ろうとしていた[6]。このキャンペーン開始にあたり、消費者の関心を引くために企画されたのが「タコ・リバティ・ベル」の広告である。エイプリルフールに何かやっては、と提案したのはタコベルCEOであったジョン・マーティンの母親で[2]、前年末にアメリカ政府が財政問題から政府閉鎖を余儀なくされ、自由の鐘も観覧できなくなったことから、この問題と絡めた広告が企画された[7]。