ターニング・ジャパニーズ
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| 「ターニング・ジャパニーズ」 | ||||
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| ヴェイパーズ の シングル | ||||
| 初出アルバム『ニュー・クリアー・デイズ』 | ||||
| B面 |
(その他)Here Comes the Judge | |||
| リリース | ||||
| ジャンル |
ニュー・ウェイヴ[1][2] パワー・ポップ[1] | |||
| 時間 | 3分19秒(7インチ・シングル) | |||
| レーベル | ユナイテッド・アーティスツ | |||
| 作詞・作曲 | デヴィッド・フェントン | |||
| プロデュース | ヴィク・カッパースミス=ヘヴン | |||
| ヴェイパーズ シングル 年表 | ||||
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「ターニング・ジャパニーズ」(Turning Japanese) は、イングランドのバンド、ヴェイパーズが、1980年のアルバム『ニュー・クリアー・デイズ (New Clear Days)』に収録した楽曲。この曲は、各国でヒットし、バンドにとって最もよく知られた作品となった。このためヴェイパーズは、一般的には「ターニング・ジャパニーズ」のワン・ヒット・ワンダー(一発屋)であると見なされている[3][4]。この曲には、ギターが奏でるオリエンタルリフが大きく取り上げられている。
作詞作曲したデヴィッド・フェントン (David Fenton) によると、「ターニング・ジャパニーズ(日本人になっていく)は、不安と若さ、何か思いもよらないものにものに自分が変わっていくことを意味するクリシェ(決まり文句)だ (Turning Japanese is all the clichés about angst and youth and turning into something you didn't expect)」という[5]。フェントンは、この曲をラブソングを意図して書いており、主人公が寝室で「別れたガールフレンドの写真を見つめている (pining over a photograph of his ex-girlfriend)」のは、フェントン自身の失恋の経験から描かれたものである。彼は、集合住宅の自室でこの曲を書いていたが、コーラスを書くところで行き詰まってしまった。ところがコーラスの部分は、ある朝、午前4時に目覚めた時、突然「日本人になっていく、僕は日本人になっていく気がする (Turning Japanese, I think I'm turning Japanese)」という歌詞が頭に浮かび、当時の彼に起きようとしていた変化を捉えていたこの言葉を使ったのだという[3]。
この曲をプロデュースしたヴィク・カッパースミス=ヘヴンは、元々は、バンドのマネージャーであったジョン・ウェラー(John Weller、ポール・ウェラーの父親)とブルース・フォクストンから送られてきたデモ音源を聞いて、プロデュースの依頼を断っていた。別のプロデューサーが手がけたバンドの最初のシングル「Prisoners」は不発に終わった。その後、デモ音源を聞き直したカッパースミス=ヘヴンは、バンドの「ターニング・ジャパニーズ」のプロデュースを引き受けることにした。カッパースミス=ヘヴンは編曲への修正点をいくつか提案し、それは受け入れられた。カッパースミス=ヘヴンは、バンドのエネルギーを捉えるため、ヴェイパーズのライブ演奏を録音した上で、その音源からドラムの音だけを残し、その上に曲をオーバー・ダビングしていった。フェントンによれば、ドラマーはこの曲が気に入っておらず、録音の際には「ただ『ボン、ペシャ』とやってただけ (just went 'Boom! Splat!')」だったというが、バンドはそれが良い響きだと考え、そのまま採用した[3]。
バンドは、「ターニング・ジャパニーズ」がヒットするかもしれないと期待し、「ワン・ヒット・ワンダー」にならないよう、2枚目のシングルになるよう発売を遅らせた。しかし、彼らは「ターニング・ジャパニーズ」のシングルとしての成功に匹敵する成功を収めることはなかった[6]。オーストラリアでは、1980年6月に、2週にわたって「ターニング・ジャパニーズ」がチャートの首位に立った[7]。この曲は日本でもマイナーながらヒットとなった[5]。
ミュージック・ビデオは、ラッセル・マルケイが監督した[8]。
評価
ミュージック・ビデオは、MTVが最初に放映した200曲の中に入っていた。ヘヴィー・ローテーションされることで、機会が限られていたラジオでのエアプレイよりも大きな露出を得た[9]。
カバー
アメリカ合衆国のスカ・パンク・バンド、スカンキン・ピックル (Skankin' Pickle) は、1994年のアルバム『Sing Along With Skankin' Pickle』で、この曲をカバーした[10][11]。
アメリカ合衆国のシンガーソングライター、リズ・フェアは、1995年のEP『Juvenilia』でこの曲を取り上げた[12]
1997年の映画『ビバリーヒルズ・ニンジャ (Beverly Hills Ninja)』のサウンドトラックでは、ザ・ヘイジーズ (The Hazies) というバンドがこの曲をカバーしていた[13]。
キルスティン・ダンストは、この曲のカバーを録音し、2009年8月に東京で、村上隆のプロデュース、マックGの監督により、ビデオを撮影した[14][15]。
カナダのスケッチ・コメディー番組『Second City Television』で、リック・モラニスは、トム・モンロー (Tom Monroe) というキャラクターに扮し、この曲をラウンジ・ミュージックのスタイルで演奏した[16]。
チャート
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