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ダウェイ

ミャンマーの都市 From Wikipedia, the free encyclopedia

ダウェイ(ビルマ語: ထားဝယ်(မြို့)、ALA-LC翻字法: Thā" vayʻ (mrui')、ビルマ語発音: [dəwɛ̀ (mjo̰)] ダウェー(・ミョウ)[2]; 英: Dawei)はミャンマー南東部の都市で、タニンダーリ管区の中心都市。以前はタヴォイ(Tavoy)と呼ばれた[2]。首都ヤンゴンから南におよそ600キロメートル、ダウェイ川の北岸に位置する。人口は2004年の推計で13万9900人。ダウェイ川三角江に築かれた港町であるため、モンスーンの時期には洪水の被害に遭い易い。

概要 ダウェイ ビルマ語: ထားဝယ်, 国 ...
ダウェイ

ビルマ語: ထားဝယ်
ダウェイ空港
ダウェイ空港
ダウェイの位置(ミャンマー内)
ダウェイ
ダウェイ
位置図
北緯14度05分0秒 東経98度12分0秒
国 ミャンマーの旗 ミャンマー
地方域 タニンダーリ地方域の旗 タニンダーリ管区
県(カヤイン) ダウェイ県(英語版)
郡区(ミョウネー) ダウェイ郡区
市外局番 59[1]
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語源

ダウェイという地名はモン語で〈結跏趺坐〉を表す語に由来する(cf. ဂဇံထဝါဲ〈結跏趺坐する〉[3][注 1])。モン語の世界起源に関する書物 မူလမူလီ(ラテン文字転写: Mūlamūlī)によればある時釈尊は現在のタニンダーリ管区に来て空中で結跏趺坐を行ったが、その下がこの地であった[5]。なおモン語 ထဝါဲ はビルマ語に借用されて ထက်ဝယ် thakʻ vayʻ /tʰɛʔwɛ̀/ テッウェー と転訛し、動詞 ထက်ဝယ်ဖွဲ့ခွေ thakʻ vayʻ phvai' khve /tʰɛʔwɛ̀ pʰwɛ̰ kʰwè/ テッウェープェクェー〈結跏趺坐する〉の語源ともなった[5]。

歴史

ダウェイ川の河口には昔からモン族、カレン族、タイ族などが暮らしてきた。現在の市街は1751年にアユタヤ王朝のさほど重要でもない港として建設された。それから第一次英ビルマ戦争の結果イギリスに併合される1826年まで、シャムとビルマが交互に支配し続けた。

経済

2010年にイタルタイ社(ITD)がダウェイ港をパナマックス化する(Panamax ports)深海港建設事業を受注したが、計画段階に留まっている。

交通

南部経済回廊(Southern Economic Corridor)(ブンタウ(ブンタウ港)-ホーチミン市-プノンペン-シアヌークビル-バンコク-ダウェイ(ダウェイ港))
  • ダウェイバスターミナル

特産品

特産品として、ダウェイ・ロンジーという民族衣装や、ゴム、干物、チークが挙げられる。カシューナッツやビンロウも中国のトレーダーを通じてインドやタイに輸出されている。また、パイナップル、マンゴー、マンゴスチン、そして「果物の王様」ドリアンなどのトロピカルフルーツの産地としても知られる。ダウェイではこれらの果物をまとめて「ジンティ」と呼ぶ。

観光名所

近郊のマウンマガン村にはミャンマーでも人気のビーチがあり、植民地時代にはイギリス人の避暑地となっていた。

市街から車で数時間も行くと多くの温泉地がある。

ダウェイから車で30分ほど行くと、ミャンマー南部最大であった涅槃仏がある(現在の南部最大は世界最大でもあるモン州・ムドン近郊のウィンセントーヤ)。最寄りの都市はイェイピュ。

ギャラリー

脚注

外部リンク

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