モン州
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| မွန်ပြည်နယ် モン州 (MLCTS: mwan pranynai) | |
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| 州都 | モーラミャイン |
| 地域 | 南部 |
| 面積 | 12,155 km² |
| 人口 | 1,831,976人 |
| 民族 | モン族、ビルマ族、Anglo-Burmese、チン族、カチン族、カレン族、ラカイン族、シャン族、Burmese-English |
| 宗教 | 仏教、キリスト教 |
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モン州(モンしゅう、ビルマ語: မွန်ပြည်နယ်、英語: Mon State)はミャンマー南東部に位置する行政区画の一つで、1974年に設立された。面積は約12,155平方キロメートルに及ぶ。西はアンダマン海に面し、566キロメートルにわたる海岸線と沿岸の島嶼群を擁している。カヤー州(カレンニー州)に次いで、ミャンマーで二番目に小さい州・地方域である。歴史的には、東南アジアにおいて最も古くから高度な文明を築いたモン族の文化的拠点であり、中世にはスワンナプーム王国として繁栄した。
近代史においては、1948年のビルマ独立直後から始まったモン族の自決権を求める運動の舞台となり、新モン州党(NMSP)による武装闘争と、それに対するミャンマー軍(国軍)の軍事統制が長年続いてきた。2015年の全国停戦合意(NCA)プロセスを経て、2018年にはNMSPも署名に至ったが、2021年ミャンマークーデター以降は再び緊張が高まっている。また、州都モーラミャイン近郊のムドンは、竹山道雄の小説『ビルマの竪琴』の舞台となったムドン収容所がある場所としても日本で広く知られている。
現在のモン州にあたる地域は、歴史的にモン族の政治・文化の中心地であり、数多くの独立国家が興亡した地である。古くはタトン王国(9世紀〜1057年)が栄え、上座部仏教とインド文化をビルマ全土へと広める役割を果たした。ビルマ族のパガン王朝による支配を経て、13世紀末にはワレルーによって再び独立を回復。ペグー(現在のバゴー)を拠点とするペグー王朝(1287年〜1539年、1740年〜1757年)のもとで、東南アジア有数の海洋貿易国家として黄金時代を築いた[1]。
1757年にビルマ族のコンバウン王朝によってペグーが陥落すると、モン族の政治権力は完全に喪失し、過酷な弾圧を逃れた多くの民がタイへと亡命した。イギリス植民地時代を経て1948年にミャンマーが独立すると、モン族は即座に広範な自決権を求めて武装蜂起を開始。1958年には新モン州党(NMSP)が結成され、断続的な武装闘争が続いた[1]。
1974年、モン族の政治的配慮として当時のネ・ウィン政権により、それまでのタニンダーリ地方域の一部を分割する形で現在の「モン州」が創設された。1995年の軍事政権との停戦協定を経て、州内ではモン語教育や文化振興がNMSPの自治のもとで進められたが、2021年ミャンマークーデター以降、NMSPの分裂(反独裁派NMSP-ADの離脱)などにより、州内の治安情勢と政治状況は再び激動の時代を迎えている[1][2]。
地理

モン州はマルタバン湾からタイ国境にかけて広がり、総面積は12,000平方キロメートルである。ミャンマー(ビルマ)国内で2番目に面積が小さい民族州であるが、人口密度は国内で最も高く、1平方キロメートルあたり推定181.6人となっている(隣接するカレン州は同44.4人)[3]。
北部はシッタン川の東岸に位置してバゴー地方域と対岸で向かい合っており、平坦な農地が広がる同地方域や、丘陵地帯のカレン州と似た地形となっている。一方で、チャイットーやビーリンより南側の地域はより熱帯的な様相を呈する。パゴダが点在するテンギョ山脈の西側に広がる海岸地帯は、緑豊かな稲作農村やココナッツ畑で知られる。かつてのモン王国の古都である小都市タトンから南下し、州都モーラミャイン(人口約30万人を擁する同国第3の都市)を過ぎると、地域経済は稲作、漁業、ゴム農園が基盤となっている[3]。

東部には、州内を南北に走る深い樹林に覆われた丘陵地帯があり、これを越えるとより広大で田園地帯の多いカレン州南部へと繋がっている。南東端にはタイとの国境(泰緬国境)が接しており、歴史的なスリーパゴダ峠が存在する。さらに州の南部は、イェーの町を過ぎ、タニンダーリ地方域のハインゼ運河上流に広がる湿地帯にまで至っている[3]。
水系としては、中国に源を発し、シャン州、カヤー州(カレンニー州)、カレン州を南下してきたサルウィン川が、モーラミャインを経てマルタバン湾へと注いでいる。モン州をはじめとする本土の平野や渓谷、低い丘陵は、ヒマラヤ山脈の突出部である馬蹄形の急峻な山々に囲まれている。広大な地域は現在でも深い森林に覆われており、これらの山林や長距離航行が困難な河川は、近隣諸国からの侵略に対する天然の防御壁として機能してきた[3]。
行政区画
隣接行政区画
人口動態
人口
2025年発表の暫定結果(2024年国勢調査)によれば、モン州の人口は183万1,976人である。2014年の前回調査時の205万4,393人と比較すると減少傾向にあるが、これは治安悪化による避難・国外流出や、未調査地域の存在が影響したと考えられる[4][5]。
民族構成と宗教構成
- 民族構成: 2014年および2024年の国勢調査において詳細な民族別統計を公表されていないが、一般にモン族が州人口の約半分から3分の2を占めると推計される。ほかにビルマ族、カレン族、パオ族などが居住する。一方、内務省総務局(GAD)の2019年報告では、モン族(36.7%)、ビルマ族(36.4%)、カレン族(14.2%)、パオ族(3.14%)という構成比が示されている[6]。
- 宗教構成: 2014年の国勢調査によれば、仏教徒が92.6%、ムスリムが5.8%となっている[5]。
経済
交通
観光
歴史的な仏教聖地とイギリス植民地時代の面影を残す街並みが観光の目玉となっている。
- チャイティーヨー・パゴダ(ゴールデン・ロック): チャイティーヨー山の頂上にある、黄金の巨石が絶妙なバランスで保たれている巡礼地。ミャンマーで最も神聖な場所の一つである。
- モーラミャイン: 植民地時代の建築物や、市街を一望できるチャイタンラン・パゴダ、巨大な寝釈迦仏・ウィンセイン・トーヤ がある。
- タンビュザヤ: 太平洋戦争中の死の鉄道(泰緬鉄道)のミャンマー側起点であり、連合軍墓地や戦争博物館がある。
- セッセ・ビーチ: アンパングー地区にある、地元住民に人気の避難所・リゾート[11]。
