ダウン・トゥー・ゼン・レフト
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| 『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』 | ||||
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| ボズ・スキャッグス の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 | ハリウッド・サウンド・レコーダーズ[1] | |||
| ジャンル | ソフトロック、ブルー・アイド・ソウル、アダルト・コンテンポラリー | |||
| 時間 | ||||
| レーベル | コロムビア・レコード | |||
| プロデュース |
ジョー・ウィザート Joe Wissert | |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
| チャート最高順位 | ||||
| ボズ・スキャッグス アルバム 年表 | ||||
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『ダウン・トゥー・ゼン・レフト』(Down Two Then Left)は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター、ボズ・スキャッグスが1977年に発表したスタジオ・アルバム。
半数の曲でマイケル・オマーティアンがソングライティングのパートナーに起用され、オマーティアンは演奏やアレンジにも貢献した[1]。
後にTOTOで活動するスティーヴ・ルカサーが、スタジオ・ミュージシャンとして頭角を現した最初期の作品として知られ[7]、また、前作『シルク・ディグリーズ』(1976年)に引き続き、やはりTOTOのメンバーとして知られるジェフ・ポーカロやデヴィッド・ハンゲイトもレコーディングに参加した。「ハード・タイムス」と「ホワッチャ・ゴナ・テル・ユア・マン」では、スキャッグス自身がギター・ソロを弾いている[1]。
反響・評価
アメリカでは1979年1月14日付のBillboard 200で11位に達し、自身2作目の全米トップ20アルバムとなった[3]。
ニュージーランドのアルバム・チャートでは22週連続でトップ40入り(うち17週トップ10入り)し、最高2位を記録した[2]。日本では前作『シルク・ディグリーズ』以上のヒット作となり、1977年12月5日に発売された日本初回盤LP (25AP-800)の売り上げは7万枚を超え、オリコンLPチャートでは28週トップ100入りして最高12位を記録した[4]。イギリスでは1977年12月17日付の全英アルバムチャートで55位となり、自身2作目の全英トップ100入りを果たすが、翌週にはチャート圏外に消えた[6]。
本作からは「ハード・タイムス」(全米58位[8])、「ハリウッド」(全米49位[9]・全英33位[10]・ニュージーランド7位[2])がシングル・ヒットした。
Jason Eliasはオールミュージックにおいて5点満点中3点を付け「全体的には『シルク・ディグリーズ』以上にソウルフルだが、前作の"What Can I Say"に匹敵するような際立った曲はない」と評している[11]。