デヴィッド・ハンゲイト
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| デヴィッド・ハンゲイト David Hungate | |
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デヴィッド・ハンゲイト(2007年9月) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | William David Hungate |
| 生誕 | 1948年8月5日(77歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | ポップ・ロック、ハードロック、アダルト・コンテンポラリー、スムーズジャズ |
| 職業 | ミュージシャン、ベーシスト |
| 担当楽器 | ベース |
| 活動期間 | 1977年 - 2015年 |
| 共同作業者 | TOTO |
デヴィッド・ハンゲイト(David Hungate, 1948年8月5日 - )は、アメリカ合衆国ミズーリ州出身のベーシスト、音楽プロデューサー、アレンジャー[1]。ベースのほか、ギター、トランペット、ドラム、ピアノなどの多くの楽器を演奏する。
アメリカ下院議員(および後に連邦地方裁判所判事)ウィリアム・L・ハンゲイトの息子として出生。ミズーリ州トロイのトロイ・ブキャナン高校から北テキサス大学音楽学部に進学。同大学のジャズ・アンサンブルである「One O'Clock Lab Band」でベースを担当し、1970年のモントルー・ジャズ・フェスティバルなどで演奏した[2]。
ボズ・スキャッグスの『シルク・ディグリーズ』やアリス・クーパーの『閉ざされた世界』など、1970年代のヒット・アルバムの多くでセッション・ミュージシャンとして活動。当時これらのセッションにともに参加していたメンバーを中心に結成されたバンド・TOTO[3]にベーシストとして参加し、複数のグラミー賞を受賞したアルバム『聖なる剣』を含む、TOTOの最初の4枚のアルバムで演奏した。
カントリー・ミュージックのセッション・ミュージシャンとしてのキャリアのため『聖なる剣』リリース直後にTOTOを脱退し、チェット・アトキンスなどカントリーアーティストのレコーディング、アレンジ、プロデュースを担当した。また、ジョー・ヴァナとファーギー・フレデリクセンが率いるAORスーパーグループであるメッカの主要メンバーとなった。
1990年にソロ・アルバム『SOUVENIR - 愛の贈り物』をリリースした。このアルバムではTOTOのジェフ・ポーカロがアルバムの数曲でドラムスを演奏している。1995年、シャナイア・トゥエインのセカンド・アルバム『ウーマン・イン・ミー』では全曲でベースを担当した[4]。
TOTOはその後、ハンゲイトに代わって加入したベースのマイク・ポーカロが病気のため引退を余儀なくされ、ツアーではリーランド・スカラーやネイザン・イーストが代役を務めていたが、イーストが脱退したことにより、2014年にTOTOに復帰した。当初は、2014年のツアー後に引退すると発表されていたが、最終的に2015年までTOTOのツアーに参加し続けた[5][6]。また、アルバム『TOTO XIV〜聖剣の絆〜』でも4曲でレコーディングに参加した。