チャーリー・ドミニシ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| チャーリー・ドミニシ Charlie Dominici | |
|---|---|
| 生誕 | 1951年6月16日 |
| 出身地 |
|
| 死没 | 2023年11月17日(72歳没) |
| ジャンル | プログレッシブ・メタル、ハードロック |
| 職業 | 歌手 |
| 担当楽器 | ボーカル |
| 活動期間 | 1960年代 - 1990年代、2005年 - 2015年 |
| レーベル | インサイド・アウト、Dominici Records、Century Music |
| 共同作業者 | ドミニシ、ドリーム・シアター |
チャーリー・ドミニシ[脚注 1](Charlie Dominici、1951年6月16日 - 2023年11月17日)は、アメリカの歌手で、プログレッシブ・メタル・バンド、ドリーム・シアターの2人目のボーカリストとして最もよく知られている。バンドがマジェスティと呼ばれていた頃、クリス・コリンズに代わって加入し、後にジェイムズ・ラブリエに交代した[1]。ドミニシは自身の名を冠したプログレッシブ・メタル・バンドのフロントマンを務め、3枚のアルバムをリリースした[2]。
チャーリー・ドミニシはニューヨーク・ブルックリンで生まれ、間もなく家族と共にロングアイランドのナッソー郡ファイブ・タウンズ地区に移住した。1970年、フォーク・デュオ「ビリー・アンド・チャールズ」(ドミニシと、カーリー・サイモンのコラボレーターであったビリー・マーニットによる)でデビュー・アルバムをリリースした[3]。プロとしての活動では、フランキー&ザ・ノックアウツのメンバーとして、ギターとバック・ボーカルを担当して、頭角を現し始めた。1987年にドリーム・シアターのオーディションを受け、同年11月に採用された。
ドミニシは、1989年のデビュー・アルバム『ホエン・ドリーム・アンド・デイ・ユナイト』でパフォーマンスした。しかし、ドミニシはバンドの他のメンバーよりも年上だったため、個人的な意見や創作上における意見の相違があった。非常に才能のあるシンガーであったにもかかわらず、彼の「ポップ」なボーカル・スタイルは、バンドの楽曲が目指していた独特のプログレッシブな方向性に合わないと感じられるようになっていった。ドリーム・シアターのドラマー、マイク・ポートノイは「クイーンズライクでビリー・ジョエルが歌っているようなものだった」と語っている[4]。彼は腕のいいシンガーだったが、間違ったバンドに所属しているのではないかという理由から、間もなくして円満に脱退した。
ドミニシは、音楽業界から引退し、自動車会社の財務マネージャーとして職を得たにもかかわらず、ドリーム・シアターのキャリアを通して彼らと連絡を取り続けていた。ドミニシはマイク・ポートノイに請われ、彼とマーリーン・アプッツォの結婚式で歌声を披露した。彼は兄でギタリストのケイン・デイリーと共にアルバム制作に取り掛かったが、結局リリースされることはなかった。2003年には自身のウェブサイトで「Now the Time Has Come」という曲を公開したが、数ヶ月後に削除された。その曲は、ギターは使われずピアノのみで演奏されていた。
ドミニシの歌声は、YtseJam Recordsからリリースされた『When Dream and Day Unite Demos』にも収録されている。このアルバムでは、数曲のプリプロダクション音源やボーカル・デモに加え、ドミニシがビートルズのカバー曲やクリスマスの定番ソング「O Holy Night」を歌っている。
2004年3月6日、ドミニシはドリーム・シアターのファースト・アルバム15周年を記念したスペシャル・パフォーマンスに参加し、ロサンゼルスのステージで15年ぶりに元バンド・メンバーたちと共演。ラブリエと共に「To Live Forever」(同時期に書かれたアルバム未収録曲)を歌い、元キーボード奏者のデレク・シェリニアンも加わって「Metropolis」を歌った。このパフォーマンスは後に『When Dream and Day Reunite』としてリリースされ、DVD版にはドミニシが参加した1989年のツアー映像も収録されている。
1989年にドリーム・シアターを脱退して以来、積極的には歌っていなかったドミニシだったが、このパフォーマンスがきっかけで再び音楽を作りたいという衝動に駆られ、2005年には3枚組コンセプト・アルバムの1枚目となるソロ・アルバム『O3: A Trilogy, Part One』をリリースした。三部作の第2弾は2007年2月にリリースされ、最終作は2008年4月にリリースされた。
ドミニシは2007年6月にドリーム・シアターの「カオス・イン・モーション・ツアー」の3公演でオープニング・アクトを務めた。
2023年11月17日、ドミニシがかつて所属したドリーム・シアターのバンド・メンバーは、彼が72歳で亡くなったことを発表した[5][6]。