チャールズ・マーティン
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
王座決定戦の一夜明け会見でのマーティン(2016年1月17日) | |
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | チャールズ・マーティン |
| 通称 |
Missouri(ミズーリの男) Prince(貴公子) |
| 階級 | ヘビー級 |
| 身長 | 196cm |
| リーチ | 203cm |
| 国籍 |
|
| 誕生日 | 1986年4月24日(39歳) |
| 出身地 | ミズーリ州セントルイス |
| スタイル | サウスポー |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 36 |
| 勝ち | 30 |
| KO勝ち | 27 |
| 敗け | 5 |
| 引き分け | 1 |
チャールズ・マーティン(Charles Martin、1986年4月24日 - )は、アメリカ合衆国のプロボクサー。ミズーリ州セントルイス出身。元IBF世界ヘビー級王者。長いリーチから放たれる強打を売りにする選手。
22歳でボクシングをはじめる。アマチュアで63戦したあとプロへ転向した。
2012年10月27日、マーティンはプロデビューを果たし初回終了KO勝ちで白星でデビューを飾った。
2013年3月30日、アルバロ・モラレスと対戦するが4回1-0(40-36、2者が38-38)の引き分けに終わりマーティンのプロ連続KO勝ちは6で止まった。
2014年4月16日、アレクサンダー・フローレスとNABO北米ヘビー級王座決定戦を行い、4回1分14秒KO勝ちで王座獲得に成功した。
2014年7月23日、カーソン・マンスウェルとNABO北米ヘビー級タイトルマッチを行い、3回に2度ダウンを奪い3回2分33秒TKO勝ちで初防衛に成功した。
2015年2月28日、ラファエル・ザンブラーノ・ラブとNABO北米ヘビー級タイトルマッチを行い、10回1分47秒KO勝ちで2度目の防衛に成功した。
2015年4月25日、マディソン・スクエア・ガーデンでトム・ダラスとNABO北米ヘビー級タイトルマッチを行い、初回2分56秒TKO勝ちで3度目の防衛に成功した。
2015年9月26日、ビンセント・サンチェスとNABO北米ヘビー級タイトルマッチを行い、2回と3回にダウンを奪い3回35秒TKO勝ちで4度目の防衛に成功した。
2016年1月16日、バークレイズ・センターでデオンテイ・ワイルダー対アルツール・スピルカの前座でIBF世界ヘビー級王者タイソン・フューリーの王座剥奪に伴いIBF世界同級1位のビャチェスラフ・グラスコフとIBF世界同級王座決定戦を行い、3回にグラスコフがパンチを放った際に右足を痛めて試合を放棄、呆気ない幕切れとなったが3回TKO勝利を収め王座獲得に成功した[1][2]。この試合でマーティンは250,000ドル(3000万円)、グラスコフは524,000ドル(6000万円)のファイトマネーを稼いだ[3]。
2016年4月9日、ロンドンのO2アリーナでロンドンオリンピック金メダリストでIBF世界ヘビー級4位のアンソニー・ジョシュアとIBF世界同級タイトルマッチを行うも、プロ初黒星となる2回1分52秒KO負けを喫し初防衛に失敗、王座から陥落した[4][5][6]。
2016年8月2日、ロサンゼルスのダウンタウンで早朝5時頃、車で近付いてきた面識が無い2人の男と口論となり銃撃された。弾は逸れたが逃げた犯人を車で追跡した際に電柱に激突した。再び犯人に銃撃され、上腕部に出血多量で死にかけるほどの重傷を負い病院に搬送され一命を取り留めた[7][8]。
2020年2月22日、MGMグランド・ガーデン・アリーナでIBF世界ヘビー級9位のジェラルド・ワシントンとIBF世界同級挑戦者決定戦を行い、6回1分57秒TKO勝ちを収め王者のアンソニー・ジョシュアへの再戦という形での挑戦権を獲得した[9]。
2022年1月1日、セミノール・ハード・ロック・ホテル・アンド・カジノ内ハード・ロック・ライブでIBF世界ヘビー級10位のルイス・オルティスとIBF世界同級挑戦者決定戦を行い、初回と4回にダウンを奪うが、6回1分37秒TKO負けを喫し王者のオレクサンドル・ウシクへの挑戦権を獲得できなかった[10]。