ツーナッカン
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略歴
広島県の高校で3年間同じクラスとなり、「貧乏でも面白くなれば女の子にモテる」という理由で芸人を志す。 バイトで資金を溜めNSC大阪校に入校する予定だったが、中山は受かり中本は不合格となる(経済的事情からポケベルしか連絡手段がなく、連絡先に記載したところ「社会人としてどうか」と不信を招いた)[1]。中山は約一カ月でNSCを辞め、共にバイト生活に突入する。
2丁目劇場やbaseよしもとなどのオーディションライブに挑むがくじ引きで外れ続け、大阪の吉本社員から「広島出身なら岡山吉本はどうだ」と声をかけられ、岡山吉本で活動を始める。 2005年に岡山吉本が撤退することになり、東京へ活動の場を移す[2]。
しかし東京ではすでにNSC仲間で横のつながりができており、なかなかなじめずAGE AGE LIVEでもC ageやMAE ageに留まり昇格できない日々を過ごす。長きにわたって露出が少ない時代が続いていたが、2023年のTHE SECOND 〜漫才トーナメント〜では全くのノーマークの状態で選考会を勝ち上がり、ノックアウトステージ32→16に進出を果たす(三日月マンハッタンに265点対269点で敗れベスト32)。
2024年のTHE SECONDでは選考会で敗退したものの、ベスト34でノックアウトステージリザーバー(欠員が出た場合の控え)の役目を担った(ベスト33のCOWCOWがノックアウトステージに出場したため)。 2025年のTHE SECONDは選考会を通過し、2年ぶりにノックアウトステージ32→16に進出した(タモンズに268点対287点で敗れベスト32)。 2026年のTHE SECONDでも2年連続で選考会を通過し、ノックアウトステージ32→16に進出した(ザ・パンチに276点対282点で敗れベスト32)。
ヨシモト∞ホールムゲンダイユース所属を経て、2025年4月よりよしもと漫才劇場東京所属メンバー。
賞レース成績
M-1グランプリ
| 年度 | 成績 | 会場 | 日時 |
|---|---|---|---|
| 2001年 | 2回戦進出[3] | ||
| 2002年 | 2回戦進出[4] | ||
| 2003年 | 3回戦進出[5] | ルミネtheよしもと | 2003/11/09 |
| 2004年 | 2回戦進出[6] | パナソニックセンター東京 | 2004/10/30 |
| 2005年 | 2回戦進出[7] | 2005/11/06 | |
| 2006年 | 2回戦進出[8] | ラフォーレ原宿 | 2006/11/03 |
| 2007年 | 2回戦進出[9] | 2007/11/03 | |
| 2008年 | 3回戦進出[10] | ルミネtheよしもと | 2008/11/14 |
| 2009年 | 3回戦進出[11] | 2009/11/26 | |
| 2010年 | 3回戦進出[12] | よしもとプリンスシアター | 2010/11/14 |
| 2015年 | 3回戦進出[13] | ルミネtheよしもと | 2015/10/22 |
キングオブコント
- キングオブコント2008 1回戦敗退
- キングオブコント2009 2回戦進出
- キングオブコント2010 2回戦進出
- キングオブコント2011 3回戦進出
- キングオブコント2012 1回戦敗退
THE MANZAI
- THE MANZAI2011 1回戦敗退
- THE MANZAI2012 1回戦敗退
- THE MANZAI2013 2回戦進出
THE SECOND
- THE SECOND 〜漫才トーナメント〜2023 開幕戦ノックアウトステージ32→16進出
- THE SECOND 〜漫才トーナメント〜2024 選考会敗退
- THE SECOND 〜漫才トーナメント〜2025 開幕戦ノックアウトステージ32→16進出
- THE SECOND 〜漫才トーナメント〜2026 開幕戦ノックアウトステージ32→16進出
エピソード
- コンビ名の由来は、2人の苗字に共通して入っている「中(ナッカン)」から。中本のことを「ナッカン」と呼ぶ友だちがおり、「お前らもコンビ組むんだろう」と言われた中山が「おう、ツーナッカン」と返したことから[14]。
- 芸人になる前はマツダの工場に勤めていたが、同僚が全て外国人ばかりの環境になじめず退社した。
- ペナルティが広島へ来た時、「いつも見てます」と握手を求めたが「同業者だろ」と返された[15]。
- 中本は学生時代、近所のスーパーマーケットにトークショーの仕事として来ていた竹内力から帰り際に何十人もいる観客の中で彼だけ指差しされて「お前、いいな。いつか会えるような気がするよ。やりたいことやったほうがいいぞ」とエールを送られ、以前から憧れていた芸人への道を進む決意をした。その話を酒の席で千原ジュニア(千原兄弟)など複数の芸人と話していた際、店のドアが開いて偶然にも竹内が入ってきたため一同は驚愕。ドラマで共演して竹内と知り合いだった千原ジュニアが中本を紹介し(竹内の方は中本を覚えていなかった)、「お互いがんばりましょう」と握手を交わした[16]。
- 岡山吉本時代は看板芸人として活躍し、岡山ローカルの番組にも多数出演していた。
- 中本は既婚で二児の父。しかし、第2子が生まれた頃は仕事が殆どなく、月収も僅か3万円程度で生活は常に逼迫していた。その際に妻から「芸人としての夢は応援したいけど、そろそろ限界なのでちゃんと就職して」と言われハローワークに行ったものの、学歴も資格もないためまともな仕事が見つからず、やっと見つけて応募しても職歴や経験不足を理由に不採用となる日々が続いた。その後、妻との相談の末、仕方なく妻子を広島の実家に住まわせ別居することにした(のちに別居は解消)。現在は後輩芸人のパタパタママの木下が運営し、芸人が多く勤める清掃会社のアルバイトをしながら生計を立てている。
- 中山は既婚者だが、ライブ前に千原ジュニアから「独身は自分と中山だけだな」と言われた際に結婚していることを明かし、共演者やジュニアだけでなく相方の中本にも結婚していることを6年近く伝えていなかったことが判明した。
- 活動の中心は東京だが、沼津ラクーンよしもと劇場での人気が高く、定期的に出演を行っている。劇場支配人に「沼津の4番」と称されている。
芸風
- しゃべくり漫才。2000年代は設定を作ったうえでコント漫才を演じることもあったが、2026年現在は中本の身の回りに起こる実話をもとに漫才をすることが多い。中本が清掃の仕事での出来事や家庭での立ち位置などを愚痴りながら客席に悲哀を訴えかけ、中山が特徴的な高い声でツッコミを加える。
- コントは賞レースで思うような結果が出なかったため封印した。
出囃子
Shocking Lemon「Inner Light」(アニメ「はじめの一歩」OP曲)