ティミー・シモンス
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クラブ・ブルッヘでのシモンス (2015年) | ||||||
| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Timmy SIMONS | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1976年12月11日(48歳) | |||||
| 出身地 | ディースト | |||||
| 身長 | 186cm | |||||
| 体重 | 79kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DH / CB | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1982-1988 |
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| 1988-1995 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1995-1998 |
| 81 | (2) | |||
| 1998-2000 |
| 61 | (5) | |||
| 2000-2005 |
| 152 | (22) | |||
| 2005-2010 |
| 158 | (14) | |||
| 2010-2013 |
| 102 | (6) | |||
| 2013-2018 |
| 167 | (16) | |||
| 通算 | 736 | (71) | ||||
| 代表歴 | ||||||
| 2001-2016 |
| 94 | (6) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2018–2019 |
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| 2019–2020 |
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| 2020–2021 |
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| 2021–2022 |
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| 2023 |
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| 2024- |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
ティミー・シモンス(Timmy Simons, 1976年12月11日 - )は、ベルギー王国フラームス=ブラバント州ディースト (en) 出身の元サッカー選手、サッカー指導者。現役時代のポジションは主に守備的ミッドフィルダー。
ベルギー
下部組織で育ったKTHディーストでキャリアを開始した後、1部のロンメルSKでセンターバックとして定位置を掴み[1]、2シーズン後の2000年にクラブ・ブルッヘと契約した。
クラブ・ブルッヘでは、トロント・ソリード (en) 監督によって守備的ミッドフィルダーへ転向[1] させられながらも、ここでも同様にすぐさま定位置を確保し、最終的に長年クラブを支えてきたヘルト・ヴェルハイエン (en) から主将を引き継いでおり、ペナルティキッカーを務めるなど、シーズンを経る度に不可欠な選手へと成長した。退団するまでの間で2度のリーグ優勝と2度のカップ優勝、また、2002年にはベルギー・ゴールデン・シュー[2]、2003年には年間最優秀選手賞を受賞した[3]。
PSV
2004-05シーズン終了後にオランダ1部のフェイエノールトからオファーがあり、同胞バルト・ホールの助言もあって契約するかと思われていたものの、ルート・フリット監督が関心を示していなかった[4] ことや双方が望む移籍金額の開きにより交渉成立とはならず[5]、最終的に2005年6月29日に同じオランダ1部のPSVアイントホーフェンと4年契約を締結した[6]。PSVでも1季目から主力として、またPKキッカーとしてリーグ優勝に貢献し、次の2006-07シーズンには、チーム内で唯一リーグ戦全34試合に先発出場をする[7] 等、不可欠な存在となると、2007-08シーズン前の合宿中にロナルド・クーマン監督から現役引退をするフィリップ・コクーの後継として主将に任命され[7]、2007年9月27日には契約を2011年夏まで延長した[8]。同2007-08シーズンも変わらずにチームを献身的に支えるプレーは、ファンからも愛され、2007年10月8日のヴィレムII戦の際には自身を称えるバナーが掲げられる[9] 等、充実の一途を辿っており、最終的にGKのエウレリョ・ゴメスに並ぶ33試合に出場し、1度のPKを含む4得点でチームの4連覇達成に貢献した。
PSVに加入してから4季間での欠場はリーグ戦で3試合のみだったものの、2009-10シーズンに就任したフレット・ルッテン新監督は守備的MFの位置に新加入のオルランド・エンヘラールを据えたことで9試合の欠場、そして定位置を奪われて退団へと繋がった[10][11]。
ニュルンベルク

2010年7月16日にドイツ1部の1.FCニュルンベルクと2年契約を締結[12]。翌日のイプスウィッチ・タウンFCとの練習試合を以ってPSVと正式に別れを告げた[13] シモンスは、34歳という年齢ながらも1試合平均走行距離でリーグ全体8位を記録する豊富な運動量[14] のみならず、21日のボルシア・メンヒェングラートバッハとの開幕戦でリーグ戦初出場を飾って以降、リーグ戦全34試合にフル出場をしてチームの6位に貢献した[15]。2011-12シーズンの冬の移籍市場では、古巣クラブ・ブルッヘから接触があったものの、2012年1月10日に契約を2014年6月まで延長している[16]。同2011-12シーズン、次の2012-13シーズンは全試合フル出場とはいかなかったが、リーグ戦全試合に出場し、チームは2季連続10位だった。
クラブ・ブルッヘ復帰
2013年6月12日にクラブ・ブルッヘと延長オプション付きで2年契約を締結し、8年ぶりに古巣に復帰を果たす[17]。復帰第1戦となったシャルルロワSCとの開幕戦では、エデルソン・トルメナ (en) へのファールで21分に退場している[18]。
代表経歴
ベルギー代表としては2002 FIFAワールドカップに出場。代表出場34試合目となった2004年のセルビア戦で初主将を務め[19]、その後のレネ・ヴァンデレイケン (en) 時代とフランキー・ベルコーテレン監督時代には定期的な主将だった[20] が、2009年9月9日のアルメニア戦を最後にトーマス・フェルメーレンへ主将の座が渡り、後任のディック・アドフォカート監督時代には招集されずにいた[21]。アドフォカート監督の後任のジョルジュ・レーケンス監督の下では、経験豊富さを買われ、2010年8月にフィンランド戦へ向けて招集されて[20] 以後は重用されており、UEFA EURO 2012予選では10試合全てで先発出場をしていたが、マルク・ヴィルモッツ監督が就任するとアクセル・ヴィツェルをレギュラーに据えることに決定したため[22]、控えにまわることが多くなり、最終的に2014 FIFAワールドカップのメンバーから落選した。シモンスの不在は大きく驚かせ、Twitter上では議論となっていた[23] が、ヴィルモッツ監督は「ティミーとは2002年W配で共にプレーしてきた仲であり、感情的に非常に難しい選択だったが、その位置にはヴィツェルやマルアン・フェライニがおり、スティーヴン・ドフールもいる。彼らは若いが成熟している」と説明した[24][25]。
指導歴
2021年12月17日、SVズルテ・ワレヘムの監督に就任した[26]。
2023年2月、FCVデンデルEHの監督に就任した[27]。 2023-24シーズンにデンデルで昇格を勝ち取り、クラブは2009年以来初めてジュピラー・プロ・リーグに復帰した.[28]。 2024年5月23日、KVCウェステルローの監督に就任した[29]。