ヴァンサン・コンパニ

ベルギーのサッカー選手・監督 From Wikipedia, the free encyclopedia

ヴァンサン・コンパニVincent Kompany, フランス語発音: [vɛ̃sɑ̃ kɔ̃pani]; 1986年4月10日 - )は、ベルギーイクル出身のサッカー指導者、元サッカー選手。現役時代のポジションはディフェンダーミッドフィールダー。元ベルギー代表。2024年よりFCバイエルン・ミュンヘンの監督を務めている。

本名 ヴァンサン・ジャン・ムポイ・コンパニ
Vincent Jean Mpoy Kompany
愛称 ヴィンス・ザ・プリンス、ヴィニー
ラテン文字 Vincent KOMPANY
概要 ヴァンサン・コンパニ, 名前 ...
ヴァンサン・コンパニ
バイエルン・ミュンヘン監督時代のコンパニ(2025年)
名前
本名 ヴァンサン・ジャン・ムポイ・コンパニ
Vincent Jean Mpoy Kompany
愛称 ヴィンス・ザ・プリンス、ヴィニー
ラテン文字 Vincent KOMPANY
基本情報
国籍 ベルギーの旗 ベルギー
 コンゴ民主共和国
生年月日 (1986-04-10) 1986年4月10日(40歳)
出身地 イクル
身長 190cm
体重 85kg
選手情報
ポジション DF(CB)
利き足 右足
ユース
2000-2003 ベルギーの旗 アンデルレヒト
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2006 ベルギーの旗 アンデルレヒト 73 (5)
2006-2008 ドイツの旗 ハンブルガー 29 (1)
2008-2019 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 265 (18)
2019-2020 ベルギーの旗 アンデルレヒト 15 (1)
通算 382 (25)
代表歴
2002  ベルギー U-16 3 (0)
2002  ベルギー U-17 2 (0)
2008  ベルギー・オリンピック 1 (0)
2004-2019 ベルギーの旗 ベルギー 89 (4)
監督歴
2019-2022 ベルギーの旗 アンデルレヒト
2022-2024 イングランドの旗 バーンリー
2024- ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj
閉じる

クラブ経歴

RSCアンデルレヒト

RSCアンデルレヒトでキャリアをスタートし、2003-04シーズンのUEFAチャンピオンズリーグFCラピド・ブカレスト戦でデビューした。1年目からレギュラーとしてプレーし、リーグ制覇に貢献。2004年にはベルギー・ゴールデン・シューに選ばれた。2005-06シーズンは怪我により出場機会が限られたが、2度目の優勝を経験した。

ハンブルガーSV

2006年6月9日、ベルギー代表の先輩であるダニエル・ファン・ブイテンバイエルン・ミュンヘンに放出したハンブルガーSVに移籍金1000万ユーロで移籍した[1]。しかし、移籍初年度は怪我により6試合の出場に終わった。2007-08シーズンはティモシー・アトゥバヨリス・マタイセンらとレギュラーを争ったが、23試合の出場に留まった。結局、HSVではレギュラー確保には至らなかった。

マンチェスター・シティ

2008年8月22日にマンチェスター・シティFCに移籍金600万ポンドの4年契約で移籍。背番号は「33」となった[2]。移籍直後のウェストハム・ユナイテッドFC戦でプレミアリーグデビュー[3]9月28日ウィガン・アスレティックFC戦で移籍後初ゴールを挙げた[4]。移籍初年度からレギュラーとして34試合に出場した。2009-10シーズンも引き続きレギュラーとしてプレーし、2009年10月19日には新たに5年契約を結んだ[5]

それまではCBとボランチの両方で使われていたが、新たに背番号「4」を背負って臨んだ2010-11シーズンはCBに固定され、カルロス・テベスの不在時はキャプテンとしてプレーするなどチームを牽引[6]。9月25日のチェルシー戦で1-0の完封勝利に貢献しマン・オブ・ザ・マッチに選出、11月10日のマンチェスター・ユナイテッドとのマンチェスター・ダービーでも完封での引き分けに貢献した[6]。自身最多となるリーグ戦37試合、全大会合計50試合に出場し、リーグ戦最少失点タイを記録した守備陣の中心として活躍[6]。シティのクラブ史上初のチャンピオンズリーグ出場権獲得と、FAカップ優勝に貢献し、自身もPFA年間ベストイレブンに選出された。

新主将として臨んだ2011-12シーズンは年間を通して安定したパフォーマンスを披露してシティを最終ラインから牽引し、44年ぶりのプレミアリーグ優勝[7] に貢献した。また、コーナーキックからヘディングで決勝ゴールを挙げた2012年4月30日のマンチェスター・ダービーでの活躍[8] なども評価されて2011-12シーズンのプレミアリーグのシーズンMVPに選出された[9]。また、PFA年間ベストイレブンにも2年連続で選出された[10]。また7月26日にはシティとの契約を新たに6年間延長することがクラブの公式HPにて発表された[11]

2012-13シーズンは怪我がちで、国内リーグでは26試合の出場にとどまった。

2013-14シーズンは28試合に出場、ウエストハム戦ではゴールも決めリーグ優勝に貢献した。[12]

2016-17シーズンは負傷離脱と復帰を繰り返していたが、4月15日のサンダーランド戦以降は最終節まで連続出場した[13]。4月15日のサンダーランドAFC戦、5月6日のクリスタル・パレスFC 戦、最終節のワトフォードFC 戦ではゴールも決めた。 2017-18年度、EFLカップ決勝対アーセナルではチームの2点目を決め優勝に貢献。また後半戦は試合出場が増え、リーグ優勝にも貢献した。

2018-19シーズン、リヴァプールと優勝を争い、最終節を前に引き分けも許されないレスター戦では値千金の決勝ゴールとなるミドルシュートを決めてチームに勝利をもたらし[14]、この勝利が最終的なプレミアリーグ2年連続への優勝につながった。FAカップ決勝に出場したのがシティでのラストマッチになったが、最後のシーズンにキャプテンとしてリーグ優勝、FAカップ、リーグカップの3冠獲得に貢献した。

エティハド・スタジアム前に建てられたコンパニの銅像

2019年5月19日、2018-2019シーズンをもってマンチェスターシティを退団することを発表した。在籍中はキャプテンとしてリーグ優勝4度など、クラブの躍進に重要な役割を果たし続けた功績から、スタジアム前にダビド・シルバの銅像と共にコンパニの銅像が建設されることをチームが明かした[15]

アンデルレヒト復帰

選手兼任監督として3年契約で復帰。2006年以来の古巣復帰となった[16]

代表経歴

2004年にフランス戦で、ベルギー代表デビュー。北京五輪には当初ハンブルガーが派遣しない方針であったが、結局許可が下り出場し、メダル獲得はならなかったもののベルギーのベスト4進出に貢献した。

ベルギー代表ではレギュラーに定着し、2010年5月19日のブルガリアとの親善試合で代表初得点となる決勝点を挙げた。

2014 FIFAワールドカップのメンバーに選出され、出場した[17]

2018 FIFAワールドカップでは、コンディションの不良で控え選手としてスタートしたが、1次リーグ最終戦のイングランド戦に途中出場、決勝トーナメント1回戦の日本戦以降は先発に復帰、チームのワールドカップ3位に貢献した。

監督経歴

アンデルレヒト

2020年8月17日、サッカー選手としての現役引退とRSCアンデルレヒトの監督に就任することが発表された[18]

その6日後、ムスクロンとの試合で正式に監督デビューを果たすも、アディショナルタイムに同点ゴールを許し引き分けに終わった[19] ベルギーカップでは、準決勝まで進んだが、KRCヘンクに1-2で敗れて敗退した。一方、リーグ戦ではプレーオフの末に4位となり、UEFAカンファレンスリーグ予選の出場権を獲得して終了した[20]

2021年8月、コンパニ率いるアンデルレヒトはカンファレンスリーグ・プレーオフでオランダのSBVフィテッセに4-5(2戦合計)で敗れたことで本大会への出場は途絶え [21]、リーグ戦も3位で終えた[22]

2022年5月26日にアンデルレヒトの監督を退任した。

バーンリー

2022年6月14日にEFLチャンピオンシップバーンリーFCの監督に就任した[23]

当時、バーンリーは2021-22シーズンのプレミアリーグで降格しており、新型コロナウイルスの流行による経営難も相まったことでキャプテンのベン・ミージェームス・ターコウスキーニック・ポープマクスウェル・コルネドワイト・マクニールネイサン・コリンズなどの主力選手を含む14人がチームから去った状況だった。その状況下で前任のショーン・ダイチがロングボール主体の戦略であったのに対し、コンパニはハイプレス・ハイラインを駆使しつつ最終ラインからゲームを組み立てるポゼッションサッカー主体の戦略に大きく転換させた[24]。 その結果、10月は5勝3分けの無敗の成績を収めてその月を首位で終えたコンパニはチャンピオンシップの月間最優秀監督賞を受賞[25]。さらに、12月には2度目の受賞を果たし[26]、2023年1月と2月の月間最優秀監督賞も受賞した[27][28]

4月7日、バーンリーはミドルズブラとのアウェー戦に2-1で勝利したことで史上最速となるチャンピオンシップで7試合を残してのプレミアリーグ復帰を決めた[29]。23日、コンパニはチャンピオンシップのシーズン最優秀監督に選ばれ[30]、その2日後にはブラックバーン・ローヴァーズも下して、チャンピオンシップのタイトルを獲得した[31]。5月7日、バーンリーとの契約を2028年まで延長することが発表された[32]。コンパニ率いるバーンリーは最終的に勝ち点を101に伸ばし、2013-14シーズンのレスター・シティ以来となる勝ち点100以上でシーズンを終えた[33]

2023年8月11日、コンパニ自身も選手として活躍したマンチェスター・シティターフ・ムーアで対戦して監督としてのプレミアリーグデビューを果たすも、プレミアリーグ3連覇中だったシチズンに0-3で敗れた[34]。 12月23日、プレミアリーグで初めて女性が主審を務めた試合としても注目されたフラム戦を2-0で勝利し、降格圏から脱出した[35]

2024年3月30日、チェルシー戦でバーンリーのロレンツ・アシニョンがこの日2枚目のイエローカードで退場処分になったことに激しく抗議し、コンパニはプレミアリーグで10年ぶり(2014年3月15日のハル・シティ戦以来)となるレッドカードを受けて退場処分となった[36]。5月11日、負ければ2部降格となる状況でトッテナムと対戦。先制点こそ挙げたものの、その後逆転されて1-2で敗れたことでわずか1シーズンでの降格となった[37]

バイエルン・ミュンヘン

2024年5月29日、2027年6月までの3年契約でバイエルン・ミュンヘンの監督に就任した。

個人成績

さらに見る クラブ, シーズン ...
クラブ シーズン リーグ戦 カップ戦 リーグ杯 国際大会 その他 通算
ディビジョン出場得点出場得点出場出場得点得点出場得点出場得点
アンデルレヒト2003-04ファースト・ディビジョン29250901[注釈 1]0442
2004-053221070402
2005-061211061192
通算73570221101036
ハンブルガー2006-07ブンデスリーガ60002150131
2007-0822140112373
2008-0910000010
通算2914021162514
マンチェスター・シティ2008-09プレミアリーグ341101090451
2009-102523040322
2010-11370500080500
2011-123131000901[注釈 2]0423
2012-132614000601[注釈 2]0371
2013-14284203041375
2014-1525010007000330
2015-16142001070222
2016-17113202000153
2017-18171101120212
2018-191711030401[注釈 2]0261
通算265182101515613036020
アンデルレヒト 2019-20ファースト・ディビジョンA15130181
キャリア総通算382253501729444053231
閉じる

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 89試合 4得点(2004年-2019年)[38]
さらに見る ベルギー代表, 国際Aマッチ ...
ベルギー代表国際Aマッチ
出場得点
200480
200560
200620
200750
200860
200920
201071
2011101
201262
201340
2014110
201550
201730
2018120
201920
通算894
閉じる

得点

さらに見る #, 開催年月日 ...
#開催年月日開催地キャップ数対戦国スコア結果試合概要
1.2010年5月19日ベルギーの旗 ブリュッセル, ボードゥアン国王競技場31 ブルガリア2–12–1親善試合
2.2011年10月7日43 カザフスタン3–04–1EURO 2012・予選
3.2012年9月7日ウェールズの旗 カーディフ, カーディフ・シティ・スタジアム48 ウェールズ1–02–0ブラジルW杯・欧州予選
4.2012年10月16日ベルギーの旗 ブリュッセル, ボードゥアン国王競技場51 スコットランド2–02–0
閉じる

監督成績

2024年5月21日現在[39]
さらに見る クラブ, 就任 ...
クラブ 就任 退任 記録
勝率
アンデルレヒト(選手兼監督) 2019年7月1日 2020年8月16日 5023000.00
アンデルレヒト 2020年8月17日 2022年6月30日 92423218045.65
バーンリー 2022年7月1日 2024年5月29日 96412431042.71
合計 193835852043.01
閉じる

人物

父親はコンゴ民主共和国の出身で、現在代理人を務めている。2018年にブリュッセルの自治体の1つであるガンショアンの市長に就任した[40]。コンパニはFIFAの大使として、父親の故郷であるコンゴ民主共和国において子供たちに住居や学校教育を提供するチャリティー活動をしている[41]

2011年に結婚しており、また結婚前の2010年に既に娘が生まれている[42]

小学校はフラマン語で教育を受ける学校であったため、母語であるフランス語の他にフラマン語も話すことができる。[要出典]

評価

シティでCBのコンビを組んでいたジョリオン・レスコットはコンパニを「リーグでも際立ったプレーをしている」と評価[43]。また、同じくディフェンスラインを組むアレクサンダル・コラロヴは「ネマニャ・ヴィディッチのレベルになることができる」と代表での元チームメイトの名前を出し、世界的なディフェンダーになれると評価している[44]

タイトル

プレミアリーグのトロフィーを手にするコンパニ

選手

クラブ
アンデルレヒト
ハンブルガー
マンチェスター・シティ
ベルギー代表
個人

監督

クラブ
バーンリー
FCバイエルン・ミュンヘン
個人
  • EFLチャンピオンシップ月間最優秀監督 : 2022.10, 2022.12, 2023.1, 2023.2
  • EFLチャンピオンシップ・シーズン最優秀監督 : 2022-23

出典

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI