テンザンユタカ
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| テンザンユタカ | |||||||||
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| 欧字表記 | Tenzan Yutaka[1] | ||||||||
| 品種 | サラブレッド[1] | ||||||||
| 性別 | 牝[1] | ||||||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | ||||||||
| 生誕 | 1991年4月17日[1] | ||||||||
| 死没 | 2009年6月12日(18歳没) | ||||||||
| 抹消日 | 1996年3月13日 | ||||||||
| 父 | サクラユタカオー[1] | ||||||||
| 母 | ロックターキ[1] | ||||||||
| 母の父 | チャイナロック[1] | ||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | 藤原牧場 [1] | ||||||||
| 馬主 | 平野三郎[1] | ||||||||
| 調教師 | 松永善晴(栗東)[1] | ||||||||
| 競走成績 | |||||||||
| 生涯成績 | 26戦5勝[1] | ||||||||
| 獲得賞金 | 1億5006万3000円[1] | ||||||||
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テンザンユタカ(欧字名:Tenzan Yutaka、1991年4月17日-2009年6月12日)は日本の競走馬、繁殖牝馬[1]。主な勝鞍は1994年のサファイヤステークス・愛知杯。
引退後
1993年7月24日に小倉競馬場で行われた3歳新馬戦にて松永昌博を背にデビュー、1番人気に押されるも14馬人気のリスクフローラから2.1/2馬身離され2着に終わった。9月11日に阪神競馬場で行われた未勝利戦にて後続を6馬身離し初白星を挙げた。
1994年初戦はオープン特別競走の紅梅賞に出走、シャイニンレーサーとの接戦をハナ差で制した。3月20日には重賞初挑戦で報知杯4歳牝馬特別に3番人気で出走するも7着に終わり、その後はなかなか結果が出ない期間が続いた。7月24日に行われた中日スポーツ賞4歳ステークスにて4着と約6ヶ月ぶりの掲示板入りとなった。9月24日に行われたサファイヤステークスでは4番人気で出走すると後続を1馬身離し重賞初制覇を飾った。続くローズステークスではヒシアマゾンの4着に終わるもエリザベス女王杯への優先出走権を得たため、エリザベス女王杯に駒を進めたが結果は前走同様ヒシアマゾンの13着と惨敗した。しかし続く愛知杯では7番人気にで出走すると古馬相手に1馬身離し重賞2勝目を挙げた。なお本競走では3頭も競走中止が発生した。その後はスポニチ賞金杯・京都牝馬特別は5着・4着と掲示板入りしたのはその後は優勝どころか掲示板入りすることすら遠のき、1996年3月2日に行われた中日新聞杯の12着を最後に中央競馬の競走馬登録を抹消さた。
引退後は生まれ故郷の藤原牧場で繁殖牝馬として過ごした。
2009年6月12日に死亡した[3][4]。新ひだか町の桜舞馬公園内にある功労繁殖牝馬の碑には名前が刻まれている[4]。