ディオ (バンド)

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ディオ (Dio) は、アメリカ合衆国出身のヘヴィメタルバンド

HR/HMバンド「レインボー」や「ブラック・サバス」の元ヴォーカリストでもあった、ロニー・ジェイムス・ディオが主宰するグループ。1980年代の英米メタルムーブメントから活動する存在であったが、2010年、ロニーの死去により消滅した。

創設者ロニー・ジェイムス・ディオ (2009年)

1982年10月に「ブラック・サバス」を脱退したロニー・ジェイムス・ディオは、共に脱退したドラムのヴィニー・アピスを帯同し、かつてレインボーで行動を共にしたベーシストのジミー・ベイン、元ラットのギタリスト、ジェイク・E・リーを得たロニーは自ら率いるバンド「ディオ」を結成。しかし、ジェイクはロニーとの音楽性の違いから1ヶ月でバンドを脱退し、後任に元スウィート・サベージのヴィヴィアン・キャンベルが加入。このメンバーで翌年、イギリスで行われたレディング・フェスティバルに出演すると共にアルバム『情念の炎~ホーリィ・ダイヴァー』でデビューした。この時期にキーボーディストクロード・シェネルも加入し、5人編成で活動を始める。

1986年、ヴィヴィアンが脱退し、後任にクレイグ・コールディが加入。翌年『ドリーム・イーヴル』をリリース。

1989年、ジミーとヴィニーが脱退し、クレイグも脱退。後任にローワン・ロバートソン、テディ・クックサイモン・ライトが加入。翌年『ロック・アップ・ザ・ウルブス』をリリース。イェンス・ヨハンソンもレコーディングに参加(但し、何故か『ロック・アップ・ザ・ウルブス』作中でキーボードの音はほぼ聞こえない音造りがなされている。)

1991年、ロニーのブラック・サバス復帰に伴い活動休止したが、1993年にブラック・サバスを再離脱してロニー、ヴィニー、トレイシー・Gジェフ・ピルソンスコット・ウォーレンのラインナップで活動を再開したものの、発表した2作のアルバムが所謂モダン・ヘヴィネスに激しく傾倒した内容で、欧州、日本では著しい人気低下に繋がり、欧州、日本のファンを切り捨ててまで音楽性を当時の米国向けに豹変させるも、宛にした米国でもセールスは期待ほど伸びなかった。その後クレイグが復帰。但しロニーは当初トレイシーを残留させ、メロディアス要素を取り戻しつつ、モダン・ヘヴィネス要素も残す目論見だったが、クレイグとトレイシーの不仲もあり、追放されるようにトレイシーが脱退、そしてモダン・ヘヴィネス路線も無かったことのように一掃された。

バンドの音楽性はディオが「レインボー」や「ブラック・サバス」などで培ってきた幻想的な詞の世界とヘヴィメタル様式を巧みに組み合わせたもので、世界中で人気を博した。が、自身がかつて在籍したレインボーのように、メンバーチェンジが非常に多く(ロニーの夫人が実質上のマネジメントを掌握しており、メンバーに支払う賃金を厳しく制限していたのも一因。クレイグの一度目の脱退の原因も賃金がほぼ未払状態になっていたことであり、後任のローワンはディオ夫妻の養子に近い立場で、ほぼ無償でメンバーになっていた。ヴィヴィアンもディオ時代は生活苦に陥るほど報酬が少なかったと、脱退後に述懐している。ジミー・ベインも薄給から生活苦に陥り、匿名でセッション・ミュージシャンを勤め糊口を凌いでいた。)、音楽性も変遷を続けた。特にブラック・サバス再脱退後の『ストレンジ・ハイウェイズ』、『アングリー・マシーンズ』はギタリストに、モダン・ヘヴィネス的な音楽性に長けているトレイシー・Gを起用したことにより、バンドの本来の持ち味の幻想的な世界観、レインボー及びブラック・サバス譲りのメロディアスさがほぼ無くなり、多くのファンを失望させ、非難を受けた。しかしクレイグ・ゴールディが復帰した次作『マジカ』で本来の持ち味を取り戻す。

2006年にロニーは、ブラック・サバスのアルバム『悪魔の掟』制作時のラインナップで「ヘヴン・アンド・ヘル」名義の活動を開始したが[1]、Dioとしての活動も並行して行い、同年10月には「LOUD PARK 2006」にコ・ヘッドライナーとして出演した。

2008年には5月27日から6月21日まで、ヨーロッパ、北欧に地域を限定したミニツアーを行った。その後ロニーがヘヴン・アンド・ヘルに専念するため活動休止した。

2010年5月16日、ロニーが胃癌で逝去[2]。バンドはそのまま活動再開することなく、実質上解散した。

ロニーの死後、残されたメンバーは2011年から「ディオ・ディサプルズ (Dio Disciples)」として活動を開始。翌年にはヴィヴィアン・キャンベルジミー・ベインヴィニー・アピスの創設メンバーを中心としたバンド「ラスト・イン・ライン (Last In Line)」も活動を始めた[3]

2016年、ドイツのHR/HMフェス『ヴァッケン・オープン・エア』にてロニーのホログラムが公開され、翌2017年からディオ・ディサプルズのバンド帯同による世界ツアーを開始した[4]

メンバー

最終ラインナップ

旧メンバー

ギター

ベース

ドラムス

キーボード

ボーカル ギター ベース ドラムス キーボード
1982年-1983年 ロニー・ジェイムス・ディオ ヴィヴィアン・キャンベル ジミー・ベイン ヴィニー・アピス (不在)
1983年-1985年 クロード・シュネル
1986年-1989年 クレイグ・ゴールディ
1990年 ローワン・ロバートソン テディ・クック サイモン・ライト イェンス・ヨハンソン
1993年-1997年 トレイシー・G ジェフ・ピルソン ヴィニー・アピス スコット・ウォーレン
1997年-1999年 ラリー・デニンソン
1999年-2001年 クレイグ・ゴールディ ジミー・ベイン サイモン・ライト
2001年-2004年 ダグ・アルドリッチ
2004年-2005年 クレイグ・ゴールディ ジェフ・ピルソン
2005年-2006年 ダグ・アルドリッチ ルディ・サーゾ
2006年-2010年 クレイグ・ゴールディ

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

  • 『情念の炎~ホーリィ・ダイヴァー』 - Holy Diver (1983年)
  • 『ラスト・イン・ライン』 - The Last In Line (1984年)
  • 『セイクレッド・ハート』 - Sacred Heart (1985年)
  • 『ドリーム・イーヴル』 - Dream Evil (1987年)
  • 『ロック・アップ・ザ・ウルブス』 - Lock Up The Wolves (1990年)
  • 『ストレンジ・ハイウェイズ』 - Strange Highways (1994年)
  • 『アングリー・マシーンズ』 - Angry Machines (1996年)
  • 『マジカ』 - Magica (2000年)
  • 『キリング・ザ・ドラゴン』 - Killing The Dragon (2002年)
  • 『マスター・オブ・ザ・ムーン』 - Master Of The Moon (2004年)

来日公演

単独公演

フェス

脚注

関連項目

外部リンク

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