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デビッド・ウッドリー

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デビッド・ウッドリー (David Eugene Woodley 1958年10月25日-2003年5月4日)はルイジアナ州シュリーブポート出身の元アメリカンフットボール選手。現役時代のポジションはクォーターバック。

ポジション クォーターバック
生年月日 1958年10月25日
没年月日 (2003-05-04) 2003年5月4日(44歳没)
概要 David Woodley, 基本情報 ...
デビッド・ウッドリー
David Woodley
基本情報
ポジション クォーターバック
生年月日 1958年10月25日
没年月日 (2003-05-04) 2003年5月4日(44歳没)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ルイジアナ州シュリーブポート
身長: 6' 2" =約188cm
体重: 204 lb =約92.5kg
経歴
大学 ルイジアナ州立大学
NFLドラフト 1980年 / 8巡目全体214位
初出場年 1980年
初出場チーム マイアミ・ドルフィンズ
所属歴
1980-1983 マイアミ・ドルフィンズ
1984-1986 ピッツバーグ・スティーラーズ
1987* グリーンベイ・パッカーズ
*オフシーズンまたはプラクティス・スクワッドとしての所属のみ
NFL 通算成績
TD/INT 48/63
パス獲得ヤード 8,558
QBレイティング 65.7
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Player stats at PFR ウィキデータを編集
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経歴

プロ入り前

高校時代は地元シュリーブポートの高校で1年から先発QBを務め、オールステイトに選ばれた。ルイジアナ州立大学に進学し1979年のタンジェリンボウルでウェイクフォレスト大学を34-10で破りこの試合のMVPに選ばれた。後に大学の殿堂入りを果たした。

プロ入り後

マイアミ・ドルフィンズで彼はボブ・グリーシー、ダン・マリーノというプロフットボール殿堂入りを果たした2人のQBの間の時代にプレーした。ドラフト8巡目指名であったものの1980年のルーキーシーズン、彼はチームMVPに選ばれた。

1981年シーズンのプレーオフ、サンディエゴ・チャージャーズとのプレーオフでは0-24とリードを許し、ドン・ストロックと交代させられた[1]。

1982年にはNFLで数少ないパス、ラン、レシーブのいずれでもTDを1シーズンにあげた選手となった。この年彼は、ストロックとプレータイムを分け合い2人は"ウッドストロック"と呼ばれた。ストライキで短縮されたこのシーズン、チームはAFCを制して第17回スーパーボウルでワシントン・レッドスキンズと対戦した[2]。当時彼はスーパーボウルで先発出場したもっとも若いQBとなった。ゲーム開始早々ジミー・セファロに76ヤードのTDパスを決めたが後半には8本のパスを1本も決められずにチームは17-27で敗れた。

1983年、彼は先発QBとなったがオフェンスが低調だったため第5週のニューオーリンズ・セインツ戦でドン・シュラヘッドコーチによってダン・マリーノに交代させられた。翌週以降はマリーノに先発の座を奪われた。シーズン終了後、彼はひじの故障でそのシーズンで引退したテリー・ブラッドショーがいたピッツバーグ・スティーラーズにトレードされクリフ・スタウト、マーク・マローンと先発の座を争った。1984年、1985年と彼はマローンと併用された。

チーム最高年俸となったものの1986年シーズン前に彼は突如引退した。その後1987年にグリーンベイ・パッカーズのトレーニングキャンプに参加したがロースターに残ることはできなかった。

彼はケン・ステイブラーと共にタッチダウンよりもインターセプトが10回以上多いにもかかわらず通算勝率が6割を超えている2人のQBの内の1人である。

引退後

現役引退後、彼の酒量は増加して健康上の問題を起こすようになった[3]。1992年に彼は生体肝移植を受けた。2003年5月4日、腎臓と肝臓の合併症で亡くなった[4]。

プレースタイル

走力、知性、パス能力に優れた。

脚注

外部リンク

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