トランス・ワールド航空128便墜落事故
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北緯39度5分3.73秒 西経84度40分11.99秒 / 北緯39.0843694度 西経84.6699972度座標: 北緯39度5分3.73秒 西経84度40分11.99秒 / 北緯39.0843694度 西経84.6699972度
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1967年1月に撮影された事故機 | |
| 事故の概要 | |
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| 日付 | 1967年11月20日 |
| 概要 | パイロットエラーによるCFIT[1] |
| 現場 |
北緯39度5分3.73秒 西経84度40分11.99秒 / 北緯39.0843694度 西経84.6699972度座標: 北緯39度5分3.73秒 西経84度40分11.99秒 / 北緯39.0843694度 西経84.6699972度 |
| 乗客数 | 75 |
| 乗員数 | 7 |
| 負傷者数 | 12 |
| 死者数 | 70 |
| 生存者数 | 12 |
| 機種 | コンベア 880 |
| 運用者 |
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| 機体記号 | N821TW |
| 出発地 |
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| 第1経由地 |
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| 最終経由地 |
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| 目的地 |
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トランス・ワールド航空128便墜落事故(トランス・ワールドこうくう128びんついらくじこ)は、1967年11月20日に発生した航空事故である。ロサンゼルスとボストンをシンシナティとピッツバーグ経由で結んでいたトランス・ワールド航空128便(コンベア 880)が墜落し、乗員乗客82人中70人が死亡した[1]:1。
事故
128便はロサンゼルス国際空港を東部標準時[注釈 1]17時37分に出発し、シンシナティまでは特に問題は発生していなかった[1]:2–4。 当初の飛行計画ではシンシナティ空港の滑走路18(現:滑走路18C)へILS方式で着陸する予定だったが、着陸予定の滑走路の中央のマーカービーコンやグライドスロープ、及び進入灯が使用不可になっていた[1]:9。こういった状況では本来は操縦士が滑走路を視認するまで1,290フィート (390 m)の最低アプローチ高度を維持する必要があった[1]:9–10。
20時56分、128便はアウターマーカーを通過した事を報告し、着陸許可が出た[1]:2。クルーは降下を開始し、着陸時の最終チェックリストの確認を開始した[1]:2。しかし、着陸進入中に高度875フィート (267 m)に達した128便は滑走路18のセンターラインから9,357フィート (2,852 m)手前で429フィート (131 m)右にズレた地点の木に激突した[1]:2。生存者の証言によるとその時の衝撃はハードランディングのようだったと例えられ、そこから複数回バウンドした後最後の衝撃が続いたとしている[1]:2。128便は滑走路から6,878フィート (2,096 m)手前の森林で止まり、そこで機体はバラバラになり炎に包まれた[1]:2。
事故機に乗っていた82人の内、60人は即死し、事故後数日以内に更に10人が死亡した[1]:16 。残りの12人(乗客10人乗客2人)は負傷したものの生存した[1]:3。生存者の一人によると事故機は目の前で崩壊し、爆発する寸前に間一髪機体から降りて走って逃げたという[2]。
