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トレス海峡

ニューギニア島とオーストラリアの間の海峡 From Wikipedia, the free encyclopedia

トレス海峡(トレスかいきょう、Torres Strait)またはゼナドスケス(Zenadth Kes)は、オーストラリア大陸とメラネシアの1つであるニューギニア島間の海峡。

トレス海峡と島々

海峡幅は最も狭い地点で約150kmである。南にオーストラリア大陸最北端クイーンズランド州のヨーク岬半島、北にパプアニューギニアの西部州がある。海峡の中にはトレス海峡諸島と呼ばれる島々が点在している。 「トレス海峡」という名は西洋人で初めてこの海峡を通過したとされるスペイン人海洋探検家のルイス・バーエス・デ・トーレスに因んでつけられたものである。一方、その名が植民地主義的であることから、エフライム・バニによって「ゼナドスケス」と名付けられた[1]。

2005年に国際海事機関(IMO)が特別敏感海域に指定した。

歴史

植民地化以前

トレス海峡の島々には、少なくとも2,500年前から、おそらくそれよりもはるか以前から人々が居住していた[2]。さまざまなトレス海峡諸島民のコミュニティは、独自の文化を持ち、島々やその周辺の沿岸地域と長い歴史的関係を築いてきた。海洋を基盤とする交易や、北方のパプア人およびオーストラリア先住民のコミュニティとの交流を通じて、これら3つの社会集団の間では数千年前から継続的な文化伝播が行われてきた。

ヨーロッパによる植民地化の時代

ヨーロッパ人による海峡の最初の記録上の航行は、ペルーから太平洋南部へ向かったペドロ・フェルナンデス・デ・ケイロス率いるスペインの探検隊で副司令官を務めた航海士ルイス・バエス・デ・トレスによるものである。1605年にケイロスの船がメキシコへ戻った後、トレスはマルク諸島を経由してマニラへ向かう当初の航海を続けた。彼はニューギニア島南岸に沿って航行し、現在も自身の名を冠する海峡を発見した。この発見はスペインの太平洋地図に記録され、後にジェームズ・クックのオーストラリア探検を可能にすることとなった。トレスとその乗組員がオーストラリア本土を目撃したことを示す記録はなく、オーストラリア本土はわずか4か月前にウィレム・ヤンスゾーンがTemplate:Shipで航行して訪れていた。一方で、トレスが海峡の存在を認識していたことも知られていない。トレスが南方にある大きな陸地の海岸を目撃したことを示す具体的な記録はなく[3]、初期のスペインの地図ではニューギニア島の海岸は正確に描かれているものの、オーストラリアは描かれていない。

1769年、スコットランドの地理学者アレクサンダー・ダルリンプルは、1762年にフィリピンで捕獲されたスペインの文書を翻訳している際、ルイス・バエス・デ・トレスが残した証言を発見し、ニューギニア島南方に現在トレス海峡として知られる航路が存在することを確認した[4]。この発見を受けて、ダルリンプルは1770年から1771年にかけて『南太平洋における諸航海および発見の歴史的集成』(Historical Collection of the Several Voyages and Discoveries in the South Pacific Ocean)を刊行し、未知の大陸が存在するという彼の主張を広く知らしめた。ダルリンプルはこの海峡をトレスにちなみ命名した。ダルリンプルは、1770年に最終的にイギリスによるオーストラリア東海岸の接触と測量につながった探検隊の指揮官に自分ではなくジェームズ・クックが任命されたことに、強い失望を抱いた。[要出典]

1770年、ジェームズ・クック中佐はヨーク岬を回って南西へ向かい、ポゼッション島に上陸した。彼は丘の頂上から船に向かって合図を送り、危険な海峡を通航可能な航路として確認できると伝えた。その後、バタヴィアに到着した。クックがフランス人が自分より先に太平洋を横断していたことを知った際、この合図の手順を領有宣言の儀式として書き換えたのではないかという説がある[5]。そして、オーストラリア東海岸をイギリス王冠のために領有したと主張した[6]。

1823年、カルカッタの550トンの商船Template:Ship号の船長ジョン・リホウは、マニラから南アメリカへ航行する際、トレス海峡を通る航路を選択した。これは、船舶がトレス海峡を西から東へ航行した最初の事例となった。1823年4月の『シドニー・ガゼット』紙によれば、「この航海技術の試みは、4本の錨と舵を失った後に成し遂げられた」。また、トレス海峡から南東へ進み、ニューカレドニアの南方へ至る珊瑚海を船舶が航行した最初の事例でもあった。リホウは2月27日にサー・ジェームズ・ソーマレズ礁(現在のソーマレズ礁)を発見し、ジェームズ・ソーマレズ中将にちなみこの礁群を命名した。同じ航海でリホウはリホウ礁およびケイとポート・リホウ(当初はポート・ヤーボローと呼ばれ、プリンス・オブ・ウェールズ島南岸に位置する)を発見した。[注釈 1]

ロンドン宣教協会は1871年にエルブ島(ダーンリー島)へ到着した。トレス海峡の島々の一部はニューギニア島の海岸からわずか沖合に位置していたが、1879年に当時イギリスの植民地であったクイーンズランド植民地によって併合された。1860年代から1970年頃まで、重要な真珠採取産業が存在したが、プラスチック産業との競争に直面して衰退した。真珠貝採取のため、特に日本をはじめとする多くの国から熟練した潜水夫が流入した[7]。

現代史

1959年、オーストラリア人のマイケル・フォメンコ(「ターザン」)は、自作の丸木舟をクイーンズランド州からニューギニア島まで、ホーン島を経由してトレス海峡を横断し、漕ぎ渡った[8][9]。フォメンコの旅は数週間にわたってオーストラリアのメディアの注目を集め、彼の進行状況や、彼を支援したトレス海峡諸島民についての記事が『キャンベラ・タイムズ』紙の1面にたびたび掲載された[9][10][11]。

1978年、オーストラリアとパプアニューギニアの間で締結された協定により、トレス海峡における海上境界が定められた[12]。

1980年代、トレス海峡の島民は、自分たちの文化に結びついた島々の名称を作ろうとした。当初はこの地域について「Magani Malu Kes」という名称が提案されたが、その後、トレス海峡を指す頭字語「Zenadh Kes」が採用された[13]。「ZENADTH KES」という頭字語は、当初「Zey」(南)、「Naygay」(北)、「Dagam」(場所・側)、「Thawathaw」(海岸線)および「KES」(通路・水路)から作られた[14]。しかし、その後この表記は変更され、現在は「Zenadh Kes」と綴られている[15][出典無効]

パプアニューギニア本土に近接しているため、トレス海峡北部の島々には、海峡を越えて到来する庇護希望者が時折上陸する。2012年と2013年には、それぞれパプアニューギニアから10人の庇護希望者が確認された[16]。

地理

トレス海峡は、東の珊瑚海と、西のアラフラ海およびカーペンタリア湾を結んでいる。重要な国際海峡である一方、水深は非常に浅く、7 - 15 m (23 - 49 ft)程度しかない[17]。また、多数の島や岩礁が迷路状に分布するため、航行には危険が伴う。南部には、プリンス・オブ・ウェールズ島(ムラルグ)とオーストラリア本土の間にエンデバー海峡(英語版)が位置する。船舶は、南東側でグレート・バリア・リーフの礁湖につながるアドルファス海峡を通ってトレス海峡に入る。

島々と岩礁の間にある狭い水路では強い潮流が生じ、海底では大型の海底砂丘が移動している[18]。この地域には約580のサンゴ礁があり、ウォリアー礁群やイースタン・パッチ礁群などを含め、総面積は2,400 km2 (930 sq mi)に及ぶ。また、世界でも特に広大な海草藻場の一つが分布している[19]。

トレス海峡諸島の航空写真

トレス海峡には複数の島嶼群があり、総称してトレス海峡諸島と呼ばれる。これらの島は少なくとも274島あり、そのうち17島には現在も恒常的な居住地が存在する。島々は地形、生態系、形成史が多様である。ニューギニア島沿岸に近い島の多くは低平で、周辺の河川から海へ流出した沖積層によって形成されている[20]。西部にある島の多くは丘陵地や急峻な地形を呈し、主に花崗岩からなり、グレートディバイディング山脈北端部の延長にあたる山地の頂部である。これらは最終氷期末期に海水準が上昇したことで島となった。中央部の島々は主としてサンゴ礁からなるサンゴ礁州島であり、東部の島々は主に火山起源である。

トレス海峡地域では、海洋資源の持続可能な利用・管理を促進するとともに、生息地、生物多様性、島民の伝統的な生活様式を保護するため、複数の政策的・制度的枠組みが設けられている。その中でも重要なのが、オーストラリアとパプアニューギニアが1985年2月に締結したトレス海峡条約である。同条約は両国間の地域における主権と海上境界を定め、伝統的住民の生活様式と生計の保護、生息地の保全、商業漁業および伝統漁業の資源配分に関する意思決定の指針となっている。また、同条約によってトレス海峡保護区域が設置され、その区域内では両国が漁業資源へのアクセスを管理する。両国は、合意された管轄線のそれぞれの側にある資源について主権的管轄権を行使している。

この地域の環境問題としては、パプアニューギニア南部のフライ川から流出する鉱山廃棄物による影響のリスクや、天然資源の持続可能な管理が挙げられる[21]

脚注

関連項目

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