ドミニオン (2005年の映画)
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| ドミニオン | |
|---|---|
| Dominion: Prequel to the Exorcist | |
| 監督 | ポール・シュレイダー |
| 脚本 |
ケイレブ・カー ウィリアム・ウィッシャー |
| 原作 |
ウィリアム・ピーター・ブラッティ (キャラクター創造) |
| 製作 | ジェームズ・G・ロビンソン |
| 製作総指揮 |
ガイ・マケルウェイン デヴィッド・C・ロビンソン |
| 出演者 |
ステラン・スカルスガルド ガブリエル・マン クララ・ベラー |
| 音楽 |
トレヴァー・ラビン アンジェロ・バダラメンティ ドッグ・ファッション・ディスコ |
| 撮影 | ヴィットリオ・ストラーロ |
| 編集 |
ティム・シラノ ウィリアム・イェ |
| 製作会社 | モーガン・クリーク・プロダクションズ |
| 配給 |
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| 公開 |
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| 上映時間 | 116分 |
| 製作国 |
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| 言語 | 英語 |
| 興行収入 |
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| 前作 | エクソシスト3 |
| 次作 |
エクソシスト ビギニング エクソシスト 信じる者 |
『ドミニオン』(原題:Dominion: Prequel to the Exorcist)は、2005年公開のアメリカ合衆国のホラー映画。
1973年に公開された『エクソシスト』のシリーズ4作目だが、時系列的には第1作の前日譚となっている。日本では劇場未公開。
当初は監督にトム・マクローリンが起用されていたが降板し、次にジョン・フランケンハイマー監督のもとで、主演もリーアム・ニーソンに決まっていたが、2人とも降板してしまう。フランケンハイマーの後を引き継ぐ形でポール・シュレイダーが監督に就任して映画を完成させたが、製作会社モーガン・クリーク・プロダクションズは恐怖度が足りないという理由でシュレイダーと揉め、最終的にスタジオは彼を監督から解任した。
シュレイダー版を丸ごと没にして完全に撮り直すことにしたスタジオは、レニー・ハーリンを4人目の監督として雇い、完成した『エクソシスト ビギニング』が2004年に公開された。映画は興行的にまずまずの成功を収めたが批評家たちから酷評され、スタジオは一度没にしたシュレイダー版を『ドミニオン』のタイトルで翌2005年に劇場公開した。
ストーリー
第二次世界大戦中、占領下のオランダで小さな村の教区司祭を務めるランカスター・メリン神父は、ナチス親衛隊ケッセル中尉から強要されるまま、村人の処刑に間接的に加担してしまった。神への絶望と自責の念から、戦後のメリンは信仰に背を向ける。
1947年、考古学者になったメリンは、トゥルカナ湖西側で発見された初期キリスト教の建造物発掘場所に向かう。長期休業している神父に任せることを心配した枢機卿の指示で、フランシス神父が同行した。通訳兼案内役の現地人チューマの車で現場に向かったメリンたちは、女医のレイチェルや、気の良いクリスチャンの村人エメクイ、彼の2人の息子ジェームスとジョセフに挨拶をする。ビザンチン様式の教会の発掘現場を視察したメリンは、5世紀頃の物とは思えないほど外側が新しいことを奇妙に感じ、建ててすぐに埋められたと考える。そこでメリンは手足に障害を持ち、現地語しか喋れないチェチェという名の少年を見かけた。その子は村人から嫌われているというチューマの静止を無視して、メリンはチェチェをレイチェルの診療所に連れて行き、治療を受けさせた。
発掘が進んで教会の扉部分が露出し、メリンとフランシスは内部に入った。礼拝所の天使像は手にした武器を天に向けているはずなのに、矢は全て地面の方を指し、不審に思ったメリンたちが地下を調べると、人を生贄にしていた邪教の痕跡があった。メリンはこの穢れた地下を封印するために、上に教会を建てて地に埋めたと推測する。帰る途中、部族の族長が教会を掘り起こすことを止めるよう忠告してきた。やがてグランヴィル少佐が率いるイギリス軍が、現地の蛮族から発掘現場を守る監視役として到着した。翌朝、教会の宝石類を盗もうとしていた2人のイギリス兵が死体で発見される。1人は頭を下にした逆さ十字架の姿で死んでおり、もう1人は頭部を切断されていた。目撃者の現地の戦士モジョは、彼らが宝石を盗んでいる最中に片方の兵士が相手を殺して自殺したと話すが、それを信じないグランヴィルはトゥルカナ族に激怒し、真犯人を差し出すよう怒鳴りながら部族の少女を射殺した。イエスの力で死者が出たと恐れるモジョは、フランシスが現地の子供を集めて開いているミッションスクールに乱入し、キリスト教を学んでいる子供たちを惨殺している最中に兵に射殺された。
障害があった手足が短期間で治って行くチェチェに神の奇蹟を感じたフランシスが、眠る少年の額にロザリオの十字架を当てると、チェチェは突如恐ろしい形相に豹変して「二度とそれで触るな!」と英語で喋った。フランシスは少年に洗礼を受けさせることを考える。一方、村で自分が犯したことの罪悪感に蝕まれたグランヴィルは、拳銃で自殺を遂げる。フランシスはチェチェの身体から悪魔を追い払うべく、ローマ典礼書を取りに向かうが、同じ頃、部族の族長は教会を埋めて英国軍は撤退することと、この村に悪の力を運んできたフランシスとチェチェの命を差し出すようメリンたちに要求してきた。翌朝、全身に矢が突き刺さったフランシスが見つかり、瀕死のフランシスはメリンに少年の悪魔祓いをして欲しいと懇願する。
神父の祭服を着用したメリンは、チェチェの中にいる悪魔と対峙し、悪魔祓いの詠唱を始めた。戦時中、ヘウムノ強制収容所で働かされていたレイチェルは、同胞の命を救わなかったばかりか、食料欲しさにナチス・ドイツと進んでセックスをしていたと悪魔は話し、だからこそレイチェルは苦しまなければならないと言った。村全体に悪魔の力が波及したことで、レイチェルは狂気に憑かれて自殺を図り、エメクイは妻に暴力を振るい、イギリス軍とトゥルカナ族は殺し合いに発展して行く。悪魔はメリンに過去を変えるチャンスを与えると言い、戦時中のオランダへ彼を飛ばす。しかしそこでもメリンは村人を1人も救えないまま自身もナチス兵に射殺され、過去のやり直しは出来ないことを思い知らされる。メリンは神への祈りと共にチェチェに憑依している悪魔を追い出し、儀式の成功によって少年はもとに戻った。
村人たちがようやく平穏な日々を取り戻し、イギリス軍が去って行った日、出発の準備をしているメリンの前に族長が現われて何かを話しかける。チューマの通訳によると“悪魔はあなたの敵となり、追いかけるだろう”と言っていた。信仰を取り戻したメリンはフランシスの墓に立ち寄った後、レイチェルとチェチェに別れを告げると、事件の報告をするためローマの教会へ戻ることにした。
キャスト
- ランカスター・メリン - ステラン・スカルスガルド[2]
- フランシス神父 - ガブリエル・マン[2]
- レイチェル・レスノ - クララ・ベラー[2]
- ジョセフ - エイドリアン・ブラック[3]
- チェチェ - ビリー・クロフォード[2]
- チューマ - アンドリュー・フレンチ[3]
- グランヴィル少佐 - ジュリアン・ワダム[2]
- ジョモ - イスラエル・アドゥラモ
- 陸曹長 - ラルフ・ブラウン[2]
- ケッセル中尉 - アントニー・カメルリング[3]
- ウィリアム伍長 - リック・ウォーデン[3]
- エメクイ - エディ・オセイ[3]
- 悪魔パズズ - メアリー・ベス・ハート[4][5]
スタッフ
- 監督 - ポール・シュレイダー[2]
- 脚本 - ケイレブ・カー[2]、ウィリアム・ウィッシャー[2]
- キャラクター創造 - ウィリアム・ピーター・ブラッティ[3]
- 製作 - ジェームズ・G・ロビンソン[2]
- 製作総指揮 - ガイ・マケルウェイン[2]、デヴィッド・C・ロビンソン[2]
- 音楽 - トレヴァー・ラビン[2]、アンジェロ・バダラメンティ[2]、ドッグ・ファッション・ディスコ[3]
- 撮影 - ヴィットリオ・ストラーロ[2]
- 編集 - ティム・シラノ[3]、ウィリアム・イェ[3]
- 美術 - ジョン・グレイスマーク[3]
- 衣装デザイン - ルーク・ライヒル[3]
- 特殊メイク - ラファエラ・イオリオ[3]
- 特殊効果 - ダニロ・ボッレッティーニ[3]
- 視覚効果 - デヴィッド・ビードン[3]、ビバリー・ベルナッキ[3]
- 助監督 - アーロン・バースキー[3]
企画
映画プロデューサーのジェームズ・G・ロビンソンは、1997年に『エクソシスト』前日譚の企画を立ち上げ、このプロジェクトの初期から参加している『ターミネーター2』(1991年)の脚本家ウィリアム・ウィッシャー が本作の脚本を書いていると『IGN』が報道した。2000年9月にアメリカで公開された『エクソシスト ディレクターズカット版』が、関係者の予想を上回るヒットを記録したことで、プロジェクトの開発はさらに急ピッチで進められた。この時にリークされた内容ではアフリカが舞台で、若きメリン神父が悪魔に取り憑かれた少年に挑むというものだった。『エクソシスト』の原作者ウィリアム・ピーター・ブラッティは『IGN』の取材に対して、この企画に自分は関与していないと話し、「アフリカが舞台になった悪魔祓いの話は『エクソシスト2』で既にやっていることを彼らは知らないようだ。エチオピアのメリン神父…そんな馬鹿げた映画が実現しないよう、神に祈っています」と、好意的ではないコメントを残した[6]。
製作
1999年10月、監督にトム・マクローリンが決まり、翌年春からアフリカで撮影を開始すると発表されていたが、マクローリンは脚本上の問題から降板した。これには、マクローリンよりも知名度の高い監督をスタジオが欲していたからだという噂もあった[6][7]。次にジョン・フランケンハイマーが監督に起用され、若きメリン神父役にリーアム・ニーソンが決まった[8]。しかしフランケンハイマーが健康上の理由で降板することになり、監督不在期間が2ヵ月も続いたために、ニーソンは他の仕事に支障が出るとして主役を降りてしまった[9]。
監督の後任者を探しているとエージェントの電話で知ったポール・シュレイダーは、読ませてもらった脚本を気に入ったことと、オスカーを3回受賞した名カメラマンのヴィットリオ・ストラーロと仕事が出来るという点から監督を引き受けることにした。シュレイダーは『エクソシスト2』 は意欲的だが散漫な映画だと感じ、『エクソシスト3』はブラッティの監督としてのキャリアの浅さが作品にも影響を及ぼしていると考えていた。プリクエルの良いところは、そういった続編の縛りから解放され、メリンが初めて悪魔と出会い、最後は悪魔が逃げ延びるというシンプルな物語に何も加えることがないのが良いと思ったのだ。フランケンハイマーが使う予定だった脚本は、チェチェという少年に取り憑いた悪魔とメリンの対話が10ページ近くも続き、このペースをどう維持して良いか分からなかったシュレイダーは、該当シーンを1ページ半から2ページほどに削減した。もともと脚本家でもあったシュレイダーは、他にも細かい変更点をいくつか加えた[10]。
スタジオからの解雇

2003年5月8日にファースト・カットの編集で社内試写を行ない、シュレイダーは「少し長いと思うので、もう1度編集してカットしたものを改めて見せます」と同席していたプロデューサーのジェームズ・G・ロビンソンに話した。普通はその時点でプロデューサー側から編集に関する多くのメモを渡されるものだが、何も渡されなかった。翌週、最初は130分だった映画を120分に編集した物を提出したが、ロビンソンは試写室に現われず、編集者はその時点で解雇された。恐怖度が足りないと思った製作会社モーガン・クリークは大幅に再編集するよう求めてきたが、シュレイダーは「ちょっとした修正は出来るかも知れませんが、恐怖感を強めるための再編集は出来ません。問題は編集がどうこうではなく、その前提の物語にあります」と主張。シュレイダーはケイレブ・カーの脚本に忠実に撮ったと言ったが、やがてスタジオから解雇された。契約の解除にあたってモーガン・クリークとシュレイダーは、お互いを乏しめないという合意書に署名していたが、ケイレブ・カーは自分が書いた重要なシーンをシュレイダーが勝手にカットし、脚本の過剰な書き直しをすることで、自分の名を脚本クレジットに加えようとしたと主張し(後にシュレイダーはこれを否定している)、辞めた後のシュレイダーを痛烈に批判した[10]。
シュレイダーによると、カーとウイッシャーが書いた脚本は、グロテスクというより不気味さを狙ったもので、リンダ・ブレアが悪魔に憑依されて恐ろしい形相になるオリジナル版とは対照的な方向を目指していたという。「カーの脚本は、病に侵され、悪魔に取り憑かれ、徐々に蝕まれて行くアフリカの少年を描いていました。その設定自体は気に入ったが、スタジオが期待していたような“怖いホラー映画”の原動力は失われていと思います」とシュレイダーは話した[11]。
シュレイダー版の公開
レニー・ハーリンが全面的に撮り直した『エクソシスト ビギニング』は2004年8月に公開され、批評家たちから酷評された。ウィリアム・ピーター・ブラッティと一緒に公開初日に観に行ったシュレイダーは、こう語った。「映画が進むにつれてビル(ブラッティ)は動揺していった。『エクソシスト3』を作っている時に、モーガン・クリークから受けた仕打ちの記憶が蘇って来たからだ。15年経っても、まだ彼は怒っていた。でも私は『ビギニング』を取り巻く状況が悪くなってくるほど気持ちが楽になったんだ。もしかしたら私のバージョンにチャンスが来るかも知れないとね」。ブラッティとシュレイダーは上映後に食事をしながら『ビギニング』について語り合い、ブラッティは“リンダ・ブレアがイザベラ・スコルプコの身体を借りて現われるシーン”に動揺したといい、「悪魔が取り憑いた女(スコルプコ)が蜘蛛のように壁を這うシーンは、俺の映画から盗ったんだ!」 と言った[10]。
ハーリンの『ビギニング』が公開された翌月、モーガン・クリークの社長ガイ・マケルウェインは「何らかの方法で公開する方向に間違いなく傾いています。ポール(シュレイダー)は、先週ずっとここに来ていて、私たちは色々な話し合いをしました」と、シュレイダー版を劇場公開する可能性に触れた。この時の報道でマケルウェインは、上映時期について「おそらく2005年以降になるでしょう」と話している[12]。プロデューサーのロビンソンは、棚上げしていたシュレイダーの作品を、劇場公開用に手直しするために4,000万ドルの予算を追加した。これに対しシュレイダーは「ロビンソンは2本の映画で諸経費を含めて、おそらく1億ドルほどの損失を被っただろう。彼が愚かだったかどうかは判らない。ただ自分の考えを変えただけだと思う」と言った。それでも追加予算は非常に少なく、シュレイダーはメタルバンドのドッグ・ファッション・ディスコと、デイヴィッド・リンチ作品の常連作曲家アンジェロ・バダラメンティに、無償で映画音楽を依頼したり、ポストプロダクション用のスタジオ使用に奔走したりと懸命だった。ウジ虫まみれの赤子のショットは、自分の撮影期間中にCGIで作る時間がなかったため、ハーリンが撮った『ビギニング』から借用したという。「正義のために戦おうとしている時、どれほど多くの人たちが協力をしてくれたことか。本当に驚きました」と語るシュレイダーは、3,500万ドルで編集を完成させた[10][13]。
ケイレブ・カーは『ビギニング』では原案扱いでクレジットされ、『ドミニオン』の方は正式な脚本家になっているが、公開直前の『ドミニオン』をゴミ呼ばわりし、ハーリンが撮り直した『ビギニング』の方が遥かに優れていると評した[5]。
かつてモーガン・クリークを相手に大変苦労したブラッティは、スタジオから完成作を没にされたシュレイダーの苦難と境遇に同情し、2005年に『ドミニオン』を鑑賞した後、アメリカの日刊紙『ヒューストン・クロニクル』で「美しく上品で、とてもエレガントな映画だ」と絶賛した[5]。ブラッティからの評判を聞いて映画を観たウィリアム・フリードキンも『ドミニオン』を誉めていたと知り、シュレイダーはとても感激した。シュレイダーは公開後、自分の心境を以下のように話した。
死ぬまで(未公開という)重荷が私の首にかかることはなくなった。そうでなければ私は生涯、同じ質問に答え続けなければならなかっただろう。“そういえば君の『エクソシスト』はどうなったんだい?”という問いに。今までずっと私が駄作を作ったと誰もが思い込んでいました。でもようやく終わりを迎えられて本当に嬉しい気持ちです。 — ポール・シュレイダー[14]