ドワイト・スミス (野球)
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | フロリダ州レオン郡タラハシー |
| 生年月日 | 1963年11月8日 |
| 没年月日 | 2022年7月22日(58歳没) |
| 身長 体重 |
5' 11" =約180.3 cm 175 lb =約79.4 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1984年 6月MLB二次ドラフト3巡目(全体62位)でシカゴ・カブスから指名 |
| 初出場 | 1989年5月1日 |
| 最終出場 | 1996年9月29日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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ジョン・ドワイト・スミス(John Dwight Smith, 1963年11月8日 - 2022年7月22日[1])は、アメリカ合衆国フロリダ州レオン郡タラハシー出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。
息子のドワイト・スミス・ジュニアもメジャーリーガーである[2]。
1984年1月のMLBドラフト3巡目(全体71位)でトロント・ブルージェイズから指名されたが、この時は入団しなかった。同年6月の二次ドラフト3巡目(全体62位)でシカゴ・カブスから指名され、プロ入り。
1989年は開幕をマイナーで迎えたが、5月1日にメジャーデビューすると、そこから左翼手のレギュラーに定着し、チームの地区優勝に貢献。この年は109試合に出場して打率.324・9本塁打・52打点・9盗塁の成績を残し、同僚でナショナルリーグの新人王となったジェローム・ウォルトンと同賞を争った[3]。
翌1990年以降はルーキーイヤーのような成績を残せず、次第に控え外野手としてプレーするようになる。それでも1993年には打率.300・11本塁打の好成績を残した。
アトランタ・ブレーブスへ移籍した1995年にはワールドシリーズ優勝メンバーとなった。
1997年には独立リーグ・ノーザンリーグ(当時)のセントポール・セインツでプレーした。
詳細情報
背番号
- 18(1989年 - 1993年)
- 35(1994年 - 同年途中)
- 30(1994年途中 - 同年終了)
- 7(1995年 - 1996年)