マーク・ウォーラーズ
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| 基本情報 | |
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| 国籍 |
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| 出身地 | マサチューセッツ州ホリヨーク |
| 生年月日 | 1970年1月23日(55歳) |
| 身長 体重 |
6' 4" =約193 cm 207 lb =約93.9 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1988年 ドラフト8巡目(全体190位)でアトランタ・ブレーブスから指名 |
| 初出場 | 1991年8月17日 |
| 最終出場 | 2002年9月28日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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マーク・エドワード・ウォーラーズ(Mark Edward Wohlers, 1970年1月23日 - )は、アメリカ合衆国・マサチューセッツ州ホリヨーク出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
1988年のMLBドラフトでアトランタ・ブレーブスから8巡目(全体190位)で指名され入団。1991年8月17日にメジャーデビュー。同年9月11日のサンディエゴ・パドレス戦でケント・マーカーとアレハンドロ・ペーニャとともに継投によるノーヒットノーランを達成[1]。
1994年まではセットアッパーとして登板していたが、1995年から3年間クローザーを務めた。1995年6月7日のカブス戦でナショナルリーグで5年ぶりに1イニング4奪三振を記録[2]。1995年のワールドシリーズでは第6戦で同シリーズ2セーブ目を挙げ、ブレーブスはクリーブランド・インディアンスを破り、38年ぶり3回目のワールドチャンピオンとなった。1996年にオールスターに初めて選出され、当時の球団新記録となる39セーブを記録[3]。シーズン終了後の1997年1月には3年総額1312万5000ドル、4年目は550万ドルの球団オプションの契約に合意[3]。
1999年は2試合に登板した後、4月16日にジョン・フーデックとのトレードでシンシナティ・レッズへ移籍。同年7月6日、トミー・ジョン手術を受けたため[4][5]、移籍後はメジャー登板しなかった。シーズン終了後、オプションを行使されず、マイナー契約で合意した[5]。2000年7月20日にメジャー復帰を果たし、同年は20試合に登板。
2001年7月1日にニューヨーク・ヤンキースへトレード移籍。2002年は、インディアンスでチーム最多の64試合に登板。2003年は3月に右ひじの手術を受け、メジャーに昇格することなくAA級アクロン・エアロズで2試合の登板にとどまり、2004年は個人的な理由でプレーすることなくシーズンを終えた[6]。