ナサ・カダー
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自由同盟
パレスチナ人の父とシリア人の母との間に生まれ、伝統的な風習が色濃く残るダマスカス郊外の農村で育った。父はパレスチナ難民としてシリアに出るも就職に事欠く状況で、妻の住んでいた村で共に生活していた時は、妻は「変わり者と結婚した」などと陰口を叩かれていたという。
ナサ・カダーの名はアラブ連合共和国で第2代大統領を務めたガマール・アブドゥン=ナーセルに因んでいるが、1960年代に父がヨーロッパへ移住し名前をラテン文字に翻訳した際に"Nasser"の"s"の字が抜け落ちている。ナサー本人は1974年、故郷からデンマーク・コペンハーゲン中心部へ移り、1983年にギムナジウムを卒業。
以前はラディケーリの党員であったが、2007年5月7日に新党自由同盟を結成すべく離党[1][2]し、2007年11月13日に行われた議会選挙で5議席を得た。2009年1月5日に議会に籍を置いたまままたも自由同盟を離れるが、その際報道陣に対しヴェンスタか保守党への入党を考えているが、どちらにするかはまだ考えていないと発言した(結局2009年3月17日に保守党に入党)[3]。