ナジブ・ブケレ
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| ナジブ・ブケレ | |
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公式肖像(2019年) | |
第46代大統領 | |
| 任期 2019年6月1日 – [休職 1] | |
| 副大統領 | フェリックス・ウジョア |
| 前任者 | サルバドール・サンチェス・セレン |
| サンサルバドル市長 | |
| 任期 2015年5月1日 – 2018年4月30日 | |
| 前任者 | ノルマン・キハーノ |
| 後任者 | エルネスト・ムイソント |
| ヌエボ・クスカトラン市長 | |
| 任期 2012年5月1日 – 2015年4月30日 | |
| 前任者 | アルバロ・ロドリゲス |
| 後任者 | ミシェル・ソル |
| 個人情報 | |
| 生誕 | ナジブ・アルマンド・ブケレ・オルテス 1981年7月24日(44歳) |
| 政党 | ヌエバス・イデアス(NI) |
| 協力政党 | 国民統合のための大連合 (GANA) (2018年 - 2023年) 民主党(2018年) ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN、2012年 - 2017年) |
| 配偶者 | ガブリエラ・ロドリゲス(結婚 2014年) |
| 子供 | ライラ・ブケレ アミナ・ブケレ |
| 署名 | |
ナジブ・アルマンド・ブケレ・オルテス(スペイン語: Nayib Armando Bukele Ortez、1981年7月24日 - )は、エルサルバドルの政治家、実業家、独裁者。現在、同国大統領を務める。
2019年の大統領選挙に「国民統合のための大連合」 (GANA) から立候補し、当選。ファラブンド・マルティ民族解放戦線 (FMLN) と民族主義共和同盟 (ARENA) という、国内の二大政党以外から誕生した大統領としては、ホセ・ナポレオン・ドゥアルテ(1984年 - 1989年在任)以来であった。エルサルバドル大統領として2回目の就任をするのは1944年以来初。2021年、タイム誌の世界で最も影響力のある100人に選出された。
実業家で工業化学者の父親アルマンド・ブケレ・カッタン(1944年12月16日-2015年11月30日)と母親オルガ・マリーナ・オルテスのあいだに、サンサルバドルで生まれる。1999年、18歳でエスクエラ・パンアメリカーナで中等教育を修了した。ブケレはサンサルバドルのセントラルアメリカン大学に入学し、弁護士を目指して司法学を学んだが、父親の事業の一つであるノエルク広告代理店で働くために中退した。ノエルクは左翼エルサルバドル政党ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)の選挙運動を行った。また、早くから起業家精神にあふれ、1999年に18歳でマーケティング会社オーバーメット(別名4amサーチ&サーチ・エルサルバドル)を設立し、1999年から2006年と2010年から2012年まで社長を務めた。同社は2004年のシャフィク・ハンダル、2009年のマウリシオ・フネスのFMLN大統領選挙キャンペーンの政治広告を流した。ブケレは2009年から2012年まで、エルサルバドルでヤマハ製品を販売・流通するヤマハモータースエルサルバドルの社長を務めた。ブケレはビジネスキャリアの中で、自分自身を「大きな未来を持つビジネスマン」(empresario con gran futuro)と呼んでいた[1][2][3]。
2012年、ファラブンド・マルティ民族解放戦線 (FMLN) からラ・リベルタ県ヌエボ・クスタトラン市長選挙に立候補し、2862票を得票して当選した(得票率50.68%)。同年5月1日に市長に就任した[4]。

2015年にはサンサルバドル市長選挙に同じくFMLNから立候補し、8万9164票を得て当選した(得票率50.37%)。対立候補の実業家で元副市長、エドウィン・サモラ(民族主義共和同盟 (ARENA) 所属)の得票数は、8万2288票 (同46.49%) に留まった。このときまで6年間、サンサルバドルの市政はARENAが掌握していた。市長就任は5月1日であった[5]。
2017年2月には台湾の台北市を訪問し、中華民国総統の蔡英文と会談した[6]。
2018年2月、第32回国際市長会議出席のためエルサレムを訪問した際、嘆きの壁で祈りをささげる姿が目撃された[7][8]。その後、ブケレは妻の祖父がセファルディムと呼ばれるユダヤ人であったと明らかにした[9]。
2017年10月10日、ブケレはFMLNの倫理委員会から、党内対立を煽り、党を中傷する行為におよんだとして、除名処分を受けた[10][11]。これに先立つ10月7日には同委員会の聴聞会が予定されていたが、審議が原告側に偏っているとして、ブケレは欠席していた[12]。
FMLNから除名されたブケレは、2019年の大統領選に、既成政治を打ち破る無所属候補として立候補しようとした[13]。そのための政党結成に向けて、手始めにヌエバス・イデアス(あらたな理想)という政治運動をはじめた[14]。
新党結成や他党との合流といった試みは、左派のFMLNと右派のARENAという二大政党からの妨害にあったが、最終的に中道右派の「国民統合のための大連合」 (GANA) に加入することで、大統領選挙への立候補資格を得た[15]。
2019年2月3日、ブケレは大統領選挙の勝利宣言を行った。対立候補であったFMLNのウーゴ・マルティネスは敗北を認めた。ブケレの得票率は53%で、決選投票が必要な水準を上回っていた。エルサルバドル内戦終結以降、二大政党以外から大統領が誕生したのは初めてだった。勝利宣言で、ブケレは「われわれは戦後史の1ページを刻した」と述べた[16]。大統領には6月1日に正式に就任した[17]。
2021年2月の立法議会選挙で与党が多数派となると自身に批判的な最高裁判事5人や検察庁長官の罷免を議会で可決させ、親ブケレ派の判事に差し替えた。2021年9月に最高裁は憲法で大統領の連続再選を禁じた判例の解釈を変更し、ブケレ再選への道を開いた[18]。
2022年3月、犯罪を重ねる「マラス」と総称されるギャング組織対策として、国家に非常事態宣言を発令した。市民権に一部制限を加え、警察のみならず軍を投入してマラスの摘発に取り組み、6万人以上を逮捕した。2023年1月の発表に拠れば、これにより翌2022年の国の犯罪件数・犯罪率は激減したとされる。 また、増加する受刑者に対応するために、2023年には4万人を収容できるテロリスト拘禁センター(CECOT)を設立。多数のギャング組織構成員を収容し、成果を誇示した[19][20]。
2021年9月7日には世界で初めてビットコインを法定通貨に採用したが[21]、その後1年で仮想通貨の価値が暴落し財政リスクを高める結果となり、2021年11月に発表した戦略都市『ビットコインシティー』の建設計画も大幅に遅れている[22]。
2024年2月4日に予定されている次期大統領選挙への立候補を2022年9月15日に表明。エルサルバドル憲法では大統領の連続再選が事実上禁じられ[18]、一部憲法学者からは違憲であるとの見解があったものの、最終的には2023年11月上旬に最高裁によって立候補への法的要件を満たしていることが確認された。11月30日に立法議会よりフェリックス・ウジョア副大統領と共に選挙活動のための6カ月の休暇が承認され、その間の大統領代行にはブケレの私設秘書であるクラウディア・ロドリゲス・デ・ゲバラが就くことも承認された[23]。大統領選挙では開票率31%の時点で暫定値ながら83%を得票し、85%以上を得票したとして早々に勝利宣言を行った[24]。
2024年6月1日、大統領職に復帰し2期目が始まった。就任式にはアルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領、元アメリカ合衆国大統領のドナルド・トランプの息子ドナルド・トランプ・ジュニアらが出席した[25]。
2025年7月31日、立法議会は大統領の再選制限を撤廃する憲法改正案を可決した。また、任期も5年から6年に延長される。これにより、現在2期目のブケレが多選を目指すことが可能となった[26][27]。
人物

ミレニアル世代の政治家として支持される一方、具体的な政治的スタンスを欠くと批判されることもある[28]。
パレスチナ系ムスリムの父とキリスト教徒の母を持つことから、2019年の大統領選挙では、ブケレがメキシコシティのモスクで祈りをささげる写真が話題となるなど、その宗教が問題とされた[28][29]。ブケレは公には、家族はローマ・カトリック教会の信者だが、父のほか家族の何人かはイスラム教に改宗している、自分自身は宗派よりもまず神を第一に信仰していると述べている[29][30]。なお、彼の名前も「ナジーブ」のスペイン語バージョンである。2014年12月にガブリエラ・ロドリゲスと結婚した。
エルサルバドルのムスリム・コミュリティで精神的な指導者の地位にある、イマームのエマソン・ブケレは兄弟である[31][32]。エマソンは2015年末、父のアルマンド・ブケレ・カッタンの後任としてイマームに就任した[33][34]。