ニコバル諸島

インド東部の島 From Wikipedia, the free encyclopedia

ニコバル諸島(ニコバルしょとう、Nicobar Islands)は、インド洋ベンガル湾に浮かぶ22の島々からなる諸島。北方にあるアンダマン諸島(一部除く)と共に、インド連邦直轄地域アンダマン・ニコバル諸島を成している。

主な島は北からカール・ニコバル島英語版カモルタ島英語版ナンカウリ島英語版小ニコバル島英語版大ニコバル島など。

総面積は1,841km2。2011年の国勢調査による人口は36,842人である[1]2004年スマトラ島沖地震による被害で人口は減少した。住民の多くは先住民であるが、インド本土やスリランカからの移民も居住している。

島名の由来

ニコバル諸島の名称の由来は、タミル語で「裸の人の土地」を意味する Nakkavaram にあるとされる[2]7世紀の中国の僧、義浄の報告には「裸人国」として記されている。13世紀マルコ・ポーロは、これを Necuveran と記述した。これらが後にポルトガル語等で Nicubar と訛って発音されるようになり、今日のニコバルの名となった。

歴史

ニコバル諸島再占領の為に派遣されてきた英国軍人に敬礼する日本軍人(1945年)

1754年デンマーク東インド会社によって植民地化が試みられた(デンマーク領インド)。マラリアの蔓延などにより経営は困難を極め、中断と再開を繰り返した末、1848年にデンマークは権利を放棄した。 この間、1778年にはオーストリアハプスブルク君主国)の支援を受けたヴィルヘルム・ボルツ (Wilhelm Bolts) が来航して土地を取得し、オーストリアの在外拠点として公認されたが、これも数年で放棄に至っている[3]

1868年イギリスがデンマークから権利を購入し、1869年英領インドの一部として編入された。

第二次世界大戦中の1942年から1945年にかけては日本軍が占領した(日本軍によるアンダマン・ニコバル諸島の占領)。

1947年インド独立に伴い、アンダマン諸島と共にインド連邦の領土となった。1956年には連邦直轄地域となっている[4]

地理

島の沿岸にはサンゴ礁が発達している。大ニコバル島を除けば河川は見られず、住民の飲料水は雨水、湧き水に依存している。

気候は一年中高温多湿の赤道海洋性気候で、気温は22~30度、年平均降水量は2,500~3,000mmである。冬の3ヶ月間を除いては、サイクロンの襲来が多い。 南端の大ニコバル島にあるインディラ・ポイントen()は、インド領土の最南端に位置する(06°44'N)。

産業

ジャングルを切り開いてのプランテーション農業が行われ、そこで栽培されるココヤシタコノキバナナは商品としても島民の食料としても重要である。穀物はほとんど栽培されていない。他にコプラなどの木材香辛料などが輸出されている。

漁業も盛んで、住民はカヌーに乗って、2~3日の行程で漁を行うが、とれた魚介類のほとんどが島内で消費される。

島民の家畜としては野豚が重要で、ココヤシが飼料として与えられるため、ココヤシの輸出を圧迫している。

住民

人口42,026人(2001年)。65%が先住民(ニコバル人ションペン人)で、35%がインドやスリランカからの移民である。

先住民のニコバル人はオーストロアジア語族ニコバル諸語を話し、Y染色体ハプログループO1b1系統が100%を占める[5]

脚注

関連項目

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